・・・腰衣のような幅広の前掛したのが、泥絵具だらけ、青や、紅や、そのまま転がったら、楽書の獅子になりそうで、牡丹をこってりと刷毛で彩る。緋も桃色に颯と流して、ぼかす手際が鮮彩です。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若は、風呂屋へ進上の祝だろう。そん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・おしろいをこってり化粧した細君が土間に立ちながら、二つ三つお辞儀をしたのみであった。 岡村は吾々より先きに門に出て居った。それでも岡村は何と思うてか、停車場では入場券まで買うて見送ってくれた。 予は柏崎停車場を離れて、殆ど獄屋を免れ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・彼が城へ行っている間に姉も信子もこってり化粧をしていた。 姉が義兄に「あんた、扇子は?」「衣嚢にあるけど……」「そうやな。あれも汚れてますで……」 姉が合点合点などしてゆっくり捜しかけるのを、じゅうじゅうと音をさせて煙草・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・大寒の雀の肉には、こってりと油が乗っていて最もおいしいのである。寒雀と言って、この大寒の雀は、津軽の童児の人気者で、罠やら何やらさまざまの仕掛けをしてこの人気者をひっとらえては、塩焼きにして骨ごとたべるのである。ラムネの玉くらいの小さい頭も・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・としは私より二つ三つ多い筈だが、額がせまく漆黒の美髪には、いつもポマードがこってりと塗られ、新しい形の縁無し眼鏡をかけ、おまけに頬は桜色と来ているので、かえって私より四つ五つ年下のようにも見えた。痩型で、小柄な人であったが、その服装には、そ・・・ 太宰治 「女神」
・・・紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白で菊を刺繍した半襟をこってり出したところ、章子の浅黒い上気せた顔立ちとぶつかって、醜怪な見ものであった。章子自身それを心得てうわてに笑殺しているのであろうが、ひろ子は皆が寄ってたかって飽きもせずそれをア・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 髪をこってりと櫛目だてて分け、安物だがズボンの折目はきっちり立った荒い縞背広を着たその男は、黒い四角い顔で私を睨み、「そこへかけて」 顎で椅子をしゃくった。自分は腰をおろした。縞背広は向い合う場所にかけ、「警視庁から来た者・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫