・・・彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心の疚しさに曇らされる所は少しもない。彼として、これ以上の満足があり得ようか・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・明日の授受が済むまでは、縦令永年見慣れて来た早田でも、事業のうえ、競争者の手先と思わなければならぬという意識が、父の胸にはわだかまっているのだ。いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。 我々青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。――そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・……もっとも甘谷も、つい十日ばかり前までは、宗吉と同じ長屋に貸蒲団の一ツ夜着で、芋虫ごろごろしていた処――事業の運動に外出がちの熊沢旦那が、お千さんの見張兼番人かたがた妾宅の方へ引取って置くのであるから、日蔭ものでもお千は御主人。このくらい・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 僕も、――今まで夢中になっていた女を実際通り悪く言うのは、不見識であるかのように思ったが、――それとなく分るような言葉をもって、首ッたけ惚れ込んでいるのではないことを説明し、女優問題だけは僕の事業の手初めとして確かにうまく行くように言・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、天下の大富豪と仰がれるようになったのは全く椿岳の兄の八兵衛の奮闘努力に由るので、幕末における伊藤八兵衛の事業は江戸の商人の掉尾の大飛躍であると共に、明治の商業史の第一頁を作っておる。 椿岳の米三郎が淡島屋の養子となったは兄伊藤八兵衛・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを下さいましたから、われわれは文学をもってわれわれの考えを後世に遺して逝くことができます。 ソウ申しますとまた・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・しかも、人が苦しみを経験し、若しくは苦痛を経験し、若しくは生活上の奮闘を余儀なくされている場合、社会の同情、博愛、慈善事業、宗教家等に依って救うということは何時まで経ってもその人間に本当の霊を見せずにしまうものである。極端なる苦痛は最後に確・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・田所さんは仏家の出で、永年育児事業をやっている眉毛の長い人で、冗談を言ってはひょいと舌を出す癖のあるおもしろい人でした。田所さんのお嬢さんは舞をならっているそうです。 新聞にはその日のうちに西と東に別れたように書いていたけれど、秋山さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・半僧坊のおみくじでは、前途成好事――云々とあったが、あの際大吉は凶にかえるとあの茶店の別ピンさんが口にしたと思いますが、鎌倉から東京へ帰り、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやす・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫