・・・そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、そしてそのためにことさら感情を高めて見える一つの山が聳えていた。日は毎日二つの溪を渡ってその山へ落ちてゆくのだったが、午後早い日は今やっと一つの溪を渡ったばかりで、溪と溪との間に立ってい・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ 少年と犬との影が突然消えたと思うと、その曲がり角のすぐ上の古木、昔のままのその枝ぶり、蝉のとまりどころまでが昔そのままなる――豊吉は『なるほど、今の児はあそこへ行くのだな』とうれしそうに笑ッて梅の樹を見上げて、そして角を曲がった。・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 枝に雪をいただいて、それが丁度、枝に雪がなっているように見える枯木が、五六本ずつ所々に散見する外、あたりには何物も見えなかった。どこもかしこも、すべて、まぶしく光っている白い雪ばかりだった。そして、何等の音も、何等の叫びも聞えなかった・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・附近で拾い集めてきた枯木と高粱稈を燃して焚き火をした。こんなとき、いつも雑談の中心となるのは、鋳物工で、鉄瓶造りをやっていた、鼻のひくい、剛胆な大西だった。大西は、郷里のおふくろと、姉が、家主に追立てを喰っている話をくりかえした。「俺れ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・摺古木になった一本の脚のさきへ痛くないようにボロ切れをあてがった。 岩は次第に崩されて行った。ピカ/\光った黄銅鉱がはじけ飛ぶ毎に、その下から、平たくなった足やペシャンコにへしげた鑿岩機が現れてきた。折れた脚が見え出すと、ハッパをかける・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・さて岸の白楊の枯木に背中を寄せかけて坐った。その顔には決断の色が見えている。槌で打ち固めたような表情が見えている。両膝を高く立てた。そしてそれを両腕で抱いた。さて頭をその膝頭に載せた。老人はこんな風に坐って、丁度あの鴉のように、誰かが来て自・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園に続いていて、そこに大きく開いた黒目のような、的が立ててある。それを見たとき女の顔は火のように赤くなったり、灰のように白くなったりした。店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・われは池畔の熊笹のうえに腰をおろし、背を樫の古木の根株にもたせ、両脚をながながと前方になげだした。小径をへだてて大小凸凹の岩がならび、そのかげからひろびろと池がひろがっている。曇天の下の池の面は白く光り、小波の皺をくすぐったげに畳んでいた。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 彼は振りかえって枯木の幹をぴたぴたと叩き、ずっと梢を見あげたのである。「そうでないよ。枝の生えかたがちがうし、それに、木肌の日の反射のしかただって鈍いじゃないか。もっとも、芽が出てみないと判らぬけれど。」 私は立ったまま、枯木・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・私はからだが悪くて丙の部類なのだが、班の人数が少なかったので、御近所の班長さんにすすめられて参加する事になったのだ。枯木も山の賑わいというところだったのだが、それが激賞されるほどの善行であったとは全く思いもかけない事であった。私は、みんなを・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫