・・・紐育では見たくても見られない大きな古木も並木もあり、人通りも、人気もおだやかで、流石お役人町らしゅうございますが、一□(紐育に居て見ると、こちらは住むには余り活気がなさすぎるような気も致します。 一九一八年十二月五日〔東京市本郷区林・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 耕地の端れの柏の古木の蔭に横たわりながら、彼は様々な思いに耽ったのである。 透き通りそうに澄みわたって、まるで精巧なギヤマン細工の天蓋のように一面キラキラと輝いている、広い広い空。 短かい陽炎がチロチロともえる香りのいい地面。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 台所の炉には枯木をうずたかくつんでボンボンもやして居る。もう少しして来て呉れる雪見舞の百姓共をすぐ暖めてやれる仕度である。あばれて気むらな、降り様をした雪なので四辺の様子に、美くしさなどと云うものは少しもない。或る処は、まっ白い海の様・・・ 宮本百合子 「農村」
「どうもめっきりよわったもんだ」 男は枯木の様に血の色もなく、力もなく、只かすかに、自分の足と云うだけの感じは有る二本の足をつめながら一人ごとを云う。 のびのびとした、ねぼけたような春の日光は縫目にしらみの行列の有りそうな袷・・・ 宮本百合子 「ピッチの様に」
・・・さみしさ凄さはこればかりでもなくて、曲りくねッたさも悪徒らしい古木の洞穴には梟があの怖らしい両眼で月を睨みながら宿鳥を引き裂いて生血をぽたぽた…… 崖下にある一構えの第宅は郷士の住処と見え、よほど古びてはいるが、骨太く粧飾少く、夕顔の干・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・河は激しい音を立てて濁り出す。枯木は山の方から流れて来る。「雨、こんこん降るなよ。 屋根の虫が鳴くぞよ。」 灸は柱に頬をつけて歌を唄い出した。蓑を着た旅人が二人家の前を通っていった。屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑のよう・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 頭の上の菩提樹の古木の枝が、静かに朝風に戦いでいる。そして幾つともなく、小さい、冷たい花をフィンクの額に吹き落すのである。 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫