・・・もっとも伊吹以北の峰つづきには、やはり千メートル以上の最高点がいくつかあるから、富士のような孤立した感じはないに相違ない。 問題の句を味わうために、私の知りたいと思った事は、冬季伊吹山で雨や雪の降る日がどれくらい多いかという事であった。・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ 厳密なる意味において「物理的孤立系」なるものが存せず、すなわち「万物相関」という見方よりすれば、一つの現象を限定すべき原因条件の数はほとんど無限なるべし。それにかかわらず現に物理学のごときものの成立し、且つ実際に応用され得るは如何。こ・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・しかしまた郷里のような地理的に歴史的に孤立した状態で長い年月を閲して来た国の民族の骨相には、やはりその方言といっしょにこびりついた共通な特徴があるのではないかという疑いも起こるのであった。 また別なとき同じ食堂でこのかいわいの銀行員らし・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 電燈はその村に来ているが、私の家は民家とかなりかけ離れた処に孤立しているから、架線工事が少し面倒であるのみならず、月に一度か二度くらいしか用のないのに、わざわざそれだけの手数と費用をかけるほどの事もない。やはり石油ランプの方が便利であ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・ところどころに孤立したイタリア松と白く輝く家屋の壁とは強い特徴のある取り合わせであった。 ホテル・ドゥ・ヴェシューヴと看板をかけた旗亭が見える。もうそこがポンペイの入り口である。入場料を払って関門を入ると、そこは二千余年前の文化の化石で・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・と名づけているものが、ただ永劫な時の道程の上に孤立した一点というようなものに過ぎないであろうか。よく考えてみるとそんなに切り離して存在するものとは思われない。つまりは遠い昔から近い過去までのあらゆる出来事にそれぞれの係数を乗じて積分した総和・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・一代の趣味も渾然として此処まで堕落してしまって、又如何ともすることの出来ぬものに成り了ってしまうと、平生世間外に孤立している傍観者には却て一種奇異なる興味と薄い気味悪さとを覚えさせるようになる。 僕は銀座街頭に於て目撃する現代婦女の風俗・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・彼は全く孤立した。 其日は朝から焦げるように暑かった。太十は草刈鎌を研ぎすましてまだ幾らもなって居る西瓜の蔓をみんな掻っ切って畢った。そうして壻の文造に麦藁から蔓から深く堀り込んでうなわせた。文造はじりじり日に照りつけられながら、時節で・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・それはとにかくとして現今のように各自の職業が細く深くなって知識や興味の面積が日に日に狭められて行くならば、吾人は表面上社会的共同生活を営んでいるとは申しながら、その実銘々孤立して山の中に立て籠っていると一般で、隣り合せに居を卜していながら心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・惜いかな今の日本の文芸家は、時間からいっても、金銭からいっても、また精神からいっても、同類保存の途を講ずる余裕さえ持ち得ぬほどに貧弱なる孤立者またはイゴイストの寄合である。自己の劃したる檻内に咆哮して、互に噛み合う術は心得ている。一歩でも檻・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
出典:青空文庫