・・・ウム、こりゃあおもしろいな」と言ってしきりに感心していた。この「おもしろいな」というのは決して悪意に解釈してはならないと思った。この「おもしろいな」が数千年の間にわれらの祖先が受けて来た試練の総勘定であるかもしれない。そのおかげで帝都の復興・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・「しようがないって――何だか見て来たような事を云うぜ。おかしいな、君本当にそんな事を話してるのかい」「無論本当さ」「こりゃ驚いた。まるで僕のうちの婆さんのようだ」「婆さんでも爺さんでも事実だから仕方がない」と津田君はいよいよ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・そんな猛烈な顔がよくできるね。こりゃ不思議だ。そう眼をぐりぐりさせなくっても、背中は洗えそうなものだがね」 圭さんは何にも云わずに一生懸命にぐいぐい擦る。擦っては時々、手拭を温泉に漬けて、充分水を含ませる。含ませるたんびに、碌さんの顔へ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・怖いのは真実に追掛けられている最中なので、追想して話す時にゃ既に怖さは余程失せている。こりゃ誰でもそうなきゃならんように思う。私も同じ事で、直接の実感でなけりゃ真劒になるわけには行かん。ところが小説を書いたり何かする時にゃ、この直接の実感と・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・少し今、ガタという音で始めて気がついたが、いよいよこりゃ三尺地の下に埋められたと見えるテ。静かだッて淋しいッてまるで娑婆でいう寂莫だの蕭森だのとは違ってるよ。地獄の空気はたしかに死んでるに違いない。ヤ音がするゴーというのは汽車のようだがこれ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「なるほどこりゃ御城山に登る新道だナ。男も女も馬鹿に沢山上って行くがありゃどういうわけぞナ。」「あれは皆新年官民懇親会に行くのヨ。」「それじゃあしも行って見よう。」「おい君も上るのか。上るなら羽織袴なんどじゃだめだヨ。この内で著物を借り・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ だんだん近くになりますと、お父さんにあたるがん郎がえるが、「こりゃ、むすめ、むこどのはあの三人の中のどれじゃ。」とルラ蛙をふりかえってたずねました。 ルラ蛙は、小さな目をパチパチさせました。というわけは、はじめカン蛙を見たとき・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「――だが。こりゃ正しいことかね? 組織はここへ、工場へ仕事するために彼女をよこした、ところが、彼女は……」 インガは思わずきき咎めた。「何です?」「薄暗い隅っこで若僧といちゃついてる!」 ルイジョフは、居合わせる多勢の・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・「過分のいたわりようじゃ。こりゃ、奴頭。早く連れて下がって道具を渡してやれ」 奴頭は二人の子供を新参小屋に連れて往って、安寿には桶と杓、厨子王には籠と鎌を渡した。どちらにも午餉を入れるかれいけが添えてある。新参小屋はほかの奴婢の居所とは・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・「そうかな、大きに大きに。」「塩が足らんだら云いや。」「結構結構。」 安次は茶碗からすが眼を出して口を動かした。「こりゃええ、麦粉かな?」「こりゃ麦や、塩加減はええか?」「上加減や、こりゃうまい、お霜さん、わしは・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫