・・・……これこれ、まあ、聞きな。……真白な腹をずぶずぶと刺いて開いた……待ちな、あの木戸に立掛けた戸は、その雨戸かも知れないよ。」「う、う、う。」 小僧は息を引くのであった。「酷たらしい話をするとお思いでない。――聞きな。さてとよ…・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ これこれこう、こういう浴衣と葛籠の底から取出すと、まあ姉さんと進むる膝、灯とともに乗出す膝を、突合した上へ乗せ合って、その時はこういう風、仏におなりの前だから、優しいばかりか、目許口付、品があって気高うてと、お縫が謂えば、ちらちらと、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・すると、後から、「これこれおまちなさい。そんなにさわがなくてもいい。こっちへお出でなさい。」と、だれだか大声でよびとめるものがありました。ふりむいて見ますと、少しはなれたところに、まっ白な髪をした品のいいおじいさんが、二人の若い女の人を・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・王子はそのときはじめて、「じつは私は、これこれこういう王子です。」と言ってじぶんのことを話しました。王女はそれを聞かないさきから、だれとも分らないその王子の立派な人柄に、ないないかんしんしていました。それがりっぱな王子だと分ったので、お・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・と、そのくびをなでたのち、「これこれ、おれだよ。おきないか、おい。」と言って、中の犬をよびました。しかし犬は、目もあけないで、ぐんなりしているので、肉屋はひきおこしてやろうと思って、手をのばして、からだにさわりましたが、いきなり、あッと・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ まさか、こんなばかげた問答は起るまいが、けれどもこの場合の柿にしろ、窓にしろ、これこれだからこうだ、という、いわば二段論法的な、こじつけではないわけだ。皮肉や諷刺じゃないわけだ。そんないやらしい隠れた意味など、寸毫もないわけだ。柿は、・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・そしてしばらく三人の子供の玄関のほうへ進むのを、目をみはって見送っていたが、ようよう我れに帰って、「これこれ」と声をかけた。「はい」と言って、いちはおとなしく立ち留まって振り返った。「どこへゆくのだ。さっき帰れと言ったじゃないか。」・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫