・・・クリンの田舎者に近づかざるべからざる理由があってまさに近づいたものと見える、その理由に曰くここは馬を乗る所で自転車に乗る所ではないから自転車を稽古するなら往来へ出てやらしゃい、オーライ謹んで命を領すと混淆式の答に博学の程度を見せてすぐさまこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に妨げられ或は他の意と混淆しありて容易には解るものにあらず。斯程解らぬ無形の意を只一の感動に由って感得し、之に唱歌といえる形を付して尋常の人にも容易に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・これらは紀行的韻文とも見るべく、諸体混淆せる叙情詩とも見るべし。惜しいかな、蕪村はこれを一篇の長歌となして新体詩の源を開く能わざりき。俳人として第一流に位する蕪村の事業も、これを広く文学界の産物として見れば誠に規模の小なるに驚かずんばあらず・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 興味のあることは、こういう種類の読者の層と文学がすきでずっといろいろの文学書も読んで来たというような一部の読者とが、いつの間にやら購買力としてひき出される社会現象のなかで混淆してしまって、これまでの判断や好みをぼんやりさせられてしまっ・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ しかしながら、夏目漱石にしろ森鴎外にしろ、何と日本の明治時代そのものの文化的混淆を大きくその生涯に照りかえしていることだろう。漱石のイギリス文学の教養、支那文学の教養は、二つながら他の追随を許さぬ程度であったらしいが、彼の作品は、決し・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・の問題としてそもそも芸術一般というような概念に立つ判断が、現実を正しく把握し得るものであるかどうかを十分明らかにしきらないうち、社会生活と文学とは近代文学の本質であった自我を喪失し、商業主義と政論とが混交した読者としての大衆の課題をおこし、・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・p.260○われわれは彼以前にこれほど密集的な感情の多様を知らず われわれの霊的混淆についてこれほど多くを知らなかったのである。p.261◎われわれの認識の豊かさに徴して明かな通り、われわれが過去に比して感情の一層分化した最初の人間・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・したがって思想傾向も、一切を取り入れて統一しようという無傾向の傾向であって、好くいえば総合的、悪く言えば混淆的である。その主張を一語でいうと、神儒仏の三者は同一の真理を示している、一心すなわち神すなわち道、三にして一、一にして三である、とい・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫