・・・ それにしても、今時、奥の細道のあとを辿って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸、仏蘭西はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数えられそうな勢。少し変った処といえば、獅子狩だの、虎狩だの、類人猿の色・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・食べたら古今の珍味だろう、というような話から、修善寺の奥の院の山の独活、これは字も似たり、独鈷うどと称えて形も似ている、仙家の美膳、秋はまた自然薯、いずれも今時の若がえり法などは大俗で及びも着かぬ。早い話が牡丹の花片のひたしもの、芍薬の酢味・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 長提灯の新しい影で、すっすと、真新しい足袋を照らして、紺地へ朱で、日の出を染めた、印半纏の揃衣を着たのが二十四五人、前途に松原があるように、背のその日の出を揃えて、線路際を静に練る…… 結構そうなお爺さんの黒紋着、意地の悪そうな婆・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 黒小袖の肩を円く、但し引緊めるばかり両袖で胸を抱いた、真白な襟を長く、のめるように俯向いて、今時は珍らしい、朱鷺色の角隠に花笄、櫛ばかりでも頭は重そう。ちらりと紅の透る、白襟を襲ねた端に、一筋キラキラと時計の黄金鎖が輝いた。 上が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教えもなさいます、学士は至っての御孝心。かねて評判な方で、嫁御をいたわる傍の目には、ちと弱すぎると思うほどなのでございますから、困じ果てて、何とも申しわけも面目も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ちょっと今時珍しかったものですから。――近頃は東京では、場末の縁日にも余り見掛けなくなりました。……これは静でしょうな。裏を返すと弁慶が大長刀を持って威張っている。……その弁慶が、もう一つ変ると、赤い顱巻をしめた鮹になって、踊を踊るのですが・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ しかし可加減な話だ、今時そんなことがある訳のものではないと、ある人が一人の坊さんに申しますと、その坊さんは黙って微笑みながら、拇指を出して見せました、ちと落語家の申します蒟蒻問答のようでありますけれども、その拇指を見せたのであります。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ども、天気は好し、小春日和だから、コオトも着ないで、着衣のお召で包むも惜しい、色の清く白いのが、片手に、お京――その母の墓へ手向ける、小菊の黄菊と白菊と、あれは侘しくて、こちこちと寂しいが、土地がら、今時はお定りの俗に称うる坊さん花、薊の軟・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・若し夫は縁がなくて死んだあとには尼になるのがほんとうだのに「今時いくら世の中が自分勝手だと云ってもほんとうにさもしい事ですネー」とうそつき商ばいの仲人屋もこれ丈はほんとうの事を云った。 旅行の暮の僧にて候 雪やこんこ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・鴎外が董督した改訂六国史の大成を見ないで逝ったのは鴎外の心残りでもあったろうし、また学術上の恨事でもあった。 鴎外が博物館総長の椅子に坐るや、世間には新館長が積弊を打破して大改革をするという風説があった。丁度その頃、或る処で鴎外に会・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫