・・・此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であろう。彼処に房のついた長剣がある。あれは国家主義者の正義であろう。わたしはそう云う武器を見ながら、幾多の戦いを想像し、おのずから心悸の高まることがある、しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・女親が少しむずかしやだという評判だけど、そのむずかしいという人がたいへんお前を気に入ってたっての懇望でできた縁談だもの、いられるもいられないもないはずだ。人はみんな省作さんは仕合せだ仕合せだと言ってる、何が不足で厭になったというのかい。我儘・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ところが買って来たものの、屠殺の方法が判らんちゅう訳で、首の静脈を切れちゅう者もあれば眉間を棍棒で撲るとええちゅう訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・この間、それ、謎のようなことを申した、あの光代様さ。懇望しているのは大抵お察しでしょう。ようございますか。お貰い申しましたよ。 * * * われはこの後のことを知らず。辰弥はこのごろ妻を迎えしとか。その妻・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、とうとう凝菴の手に入ったが、この凝菴という人は、地位もあり富力もある上に、博雅で、鑒識にも長け、勿論学問もあった人だったから、家には非常に多くの優秀な骨董を有していた。しかし孫氏旧蔵の白定窯鼎が来る・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 嘉七は、棍棒ふりまわして、自分の頭をぐしゃと叩きつぶしたく思うのだ。「ひと寝いりしてから、出発だ。決行、決行。」 嘉七は、自分の蒲団をどたばたひいて、それにもぐった。 よほど酔っていたので、どうにか眠れた。ぼんやり眼がさめ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・自分の生活の姿を、棍棒で粉砕したく思った。要するに、やり切れなくなってしまったのである。私は、自首して出た。 検事の取調べが一段落して、死にもせず私は再び東京の街を歩いていた。帰るところは、Hの部屋より他に無い。私はHのところへ、急いで・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さ・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ と大声で叫んで棍棒もって滅茶苦茶に粉砕したい気持でございました。それから三日も、私は寝ぐるしく、なんだか痒く、ごはんもおいしくございませんでした。私は、菊の花さえきらいなのです。小さい花弁がうじゃうじゃして、まるで何かみたい。樹木の幹の、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・パリの朝食のコーヒーとあの棍棒を輪切りにしたパンは周知の美味である。ギャルソンのステファンが、「ヴォアラー・ムシウ」と言って小卓にのせて行く朝食は一日じゅうの大なる楽しみであったことを思い出す。マデレーヌの近くの一流のカフェーで飲んだコーヒ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫