・・・――そうは言っても、小高い場所に雪が積ったのではありません、粉雪の吹溜りがこんもりと積ったのを、哄と吹く風が根こそぎにその吹く方へ吹飛ばして運ぶのであります。一つ二つの数ではない。波の重るような、幾つも幾つも、颯と吹いて、むらむらと位置を乱・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ありたけの飛石――と言っても五つばかり――を漫に渡ると、湿けた窪地で、すぐ上が荵や苔、竜の髯の石垣の崖になる、片隅に山吹があって、こんもりした躑躅が並んで植っていて、垣どなりの灯が、ちらちらと透くほどに二、三輪咲残った……その茂った葉の、蔭・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ まだ、おそ咲きのさくらの花が、こんもりと、黒ずんだ森の間から見えるのも、いずれも、なつかしいやるせないような気持ちがしたのであります。 その日も、二郎は独りあてもなく、街道を歩いていました。 車の音が、あちらへ夢のように消えて・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・夏になると、青葉でこんもりとしました。そして、秋がくる時分には、どこの林も、丘も、森も、黄色になって風のまにまにそれらの葉が散りはじめました。冬が過ぎ、また春がめぐってくるというふうに繰り返されたのであります。 この国には、昔からのこと・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・すると、大きな木のこんもりとした社の境内を下にながめました。子供らが豆を買って、地面の上に群がっているはとに投げやっていました。 かもめはそれを見ると、まったく驚きました。都というところは不思議なところだ。ここにさえいれば、遊んでいても・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・あちらのかきねには、白い野ばらの花が、こんもりとかたまって、雪のように咲いています。「娘はどこへ行った?」と、おばあさんは、ふいに、立ちどまってふりむきました。あとからついてきた少女は、いつのまにか、どこへすがたを消したものか、足音もな・・・ 小川未明 「月夜とめがね」
・・・そのとき、家の内では、なんだか大騒ぎをするようなようすでありましたから、まごまごしていて捕らえられてはつまらないと思いましたので、一声高くないて、遠方に見える、こんもりとした森影を目あてに、飛んでいってしまいました。 娘は、小鳥を逃がし・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静かなこんもりした感じのなかで聴くことができた。回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・大きな闇の風景のなかでただそこだけがこんもり明るい。街道もその前では少し明るくなっている。しかし前方の闇はそのためになおいっそう暗くなり街道を呑み込んでしまう。 ある夜のこと、私は私の前を私と同じように提灯なしで歩いてゆく一人の男がある・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・「あそこに木がこんもり茂っているだろう。あの裏に隠れているんだ」 停留所はほとんど近くへ出る間際まで隠されていて見えなかった。またその辺りの地勢や人家の工合では、その近くに電車の終点があろうなどとはちょっと思えなくもあった。どこかほ・・・ 梶井基次郎 「路上」
出典:青空文庫