・・・月影はこんもりとこの一群を映している、人々は一語を発しないで耳を傾けていた。今しも一曲が終わったらしい、聴者の三四人は立ち去った。余の人々は次の曲を待っているけれど吹く男は尺八を膝に突き首を垂れたまま身動きもしないのである。かくしてまた四五・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・見あげると、その崖のうえには、やしろでもあるのか、私の背丈くらいの小さい鳥居が立っていて、常磐木が、こんもりと繁り、その奥ゆかしさが私をまねいて、私は、すすきや野いばらを掻きわけ、崖のうえにゆける路を捜したけれども、なかなか、それらしきもの・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・山脈のまんなかごろのこんもりした小山の中腹にそれがある。約一畝歩ぐらいの赤土の崖がそれなのであった。 小山は馬禿山と呼ばれている。ふもとの村から崖を眺めるとはしっている馬の姿に似ているからと言うのであるが、事実は老いぼれた人の横顔に似て・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・しゃがんでいるツネちゃんのモンペイの丸い膝がこんもりしている。この野郎。もう処女ではないんだ。 いきなりブスとその膝を撃った。「あ。」と言って、前に伏した。それからすぐに顔を挙げて、「雀じゃないわよ。」と言った。 僕はそれを・・・ 太宰治 「雀」
・・・樺や栃や厚朴や板谷などの健やかな大木のこんもり茂った下道を、歩いている人影も自動車の往来もまれである。自転車に乗った御用聞きが西洋婦人をよけようとしてぬかるみにすべってころんだ。 至るところでうぐいすが鳴く。もしか、うぐいすの鳴き声のき・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
峰の茶屋から第一の鳥居をくぐってしばらくこんもりした落葉樹林のトンネルを登って行くと、やがて急に樹木がなくなって、天地が明るくなる。そうして右をふり仰ぐと突兀たる小浅間の熔岩塊が今にも頭上にくずれ落ちそうな絶壁をなしてそび・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・どんなにか美しいはずのこんもりした渓間に、ゴタゴタと妙な家のこけら葺の屋根が窮屈そうに押しあっているのを見下ろして、なるほどこうしたところかと思った。 西の方へ少し行くと、はじめて自然の野があって畑には農夫が働いていた。しかし一方を見る・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・どこか昔の姿が残っているが昔のこんもりした感じはもうない。 鶯横町の椎の茂りを見ただけで満足してそのまま帰って来てよかったような気がする。三十年前の錯覚だらけの記憶をそのまま大事にそっとしておくのも悪くはないと思うのである。 帰って・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・たとえば信州へんでもある東西に走る渓流の南岸の斜面には北海道へんで見られるような闊葉樹林がこんもり茂っているのに、対岸の日表の斜面には南国らしい針葉樹交じりの粗林が見られることもある。 単に微気候学的差別のみならず、また地質の多様な変化・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・道のわきに少し分け入ると、ここだけは特別に樫や楢がこんもりと黒く茂っている。苔は湿って蟹が這うている。崖からしみ出る水は美しい羊歯の葉末からしたたって下の岩のくぼみにたまり、余った水はあふれて苔の下をくぐって流れる。小さい竹・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫