・・・且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五経、文選すらすらで、書がまた好い。一度冥途をってからは、仏教に親んで参禅もしたと聞く。――小母さんは寺子屋時代から、小僧の父親とは手習傍輩で、そう毎々でもないが、時々は往来をする。何ぞの用で、小僧も使いに遣・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭をして御慶を陳べるのを何よりも辛がっていた、負け嫌いの意地ッ張がこんな処に現われるので、心からの頭の低い如才ない人では決してなかった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・八拾円ニテ、マント新調、二百円ニテ衣服ト袴ト白足袋ト一揃イ御新調ノ由、二百八拾円ノ豪華版ノ御慶客。早朝、門ニ立チテオ待チ申シテイマス。太宰治様。深沢太郎。」「謹啓。其の後御無沙汰いたして居りますが、御健勝ですか。御伺い申しあげます。二三・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・一、幼年の者へは漢学を先にして、後に洋学に入らしむるの説もあれども、漢字を知るはさまで難事にあらず、よく順序を定めて、四書五経などむつかしき書は、字を知りて後に学ぶべきなり。少年のとき四書五経の素読に費す年月はおびただしきものなり。字を・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・古来、田舎にて好事なる親が、子供に漢書を読ませ、四書五経を勉強する間に浮世の事を忘れて、変人奇物の評判を成し、生涯、身を持て余したる者は、はなはだ少なからず。ひっきょう、技芸にても道徳にても、これを教うるに順序を誤り場所を誤るときは、有害無・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・支那の四書五経といい、印度の仏経といい、西洋のバイブルといい、孔孟、釈迦、耶蘇、その人の徳高きがゆえに、書もまたともに光を生じて、人とともに信を得ることなり。かりに今日、坊間の一男子が奇言を吐くか、または講談師の席上に弁じたる一論が、偶然に・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・漢書之部も、第一門が四書、五経や孝経、儒家、諸子、西教等を包括している。 今日の図書館員の目から見れば、此那大ざっぱな、まとまりのない目録は稚拙の極で、小規模の箇人蒐集をまとめる役にも立たないように思えるに違いない。けれども、私にこの部・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
出典:青空文庫