・・・ しかしどうしてもどう見ても、母様にうつくしい五色の翼が生えちゃあいないから、またそうではなく、他にそんな人が居るのかも知れない、どうしても判然しないで疑われる。 雨も晴れたり、ちょうど石原も辷るだろう。母様はああおっしゃるけれど、・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・また、この花は、紅玉の蕊から虹に咲いたものだが、散る時は、肉になり、血になり、五色の腸となる。やがて見ろ、脂の乗った鮟鱇のひも、という珍味を、つるりだ。三の烏 いつの事だ、ああ、聞いただけでも堪らぬわ。(ばたばたと羽を煽二の烏 急ぐ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・度かさなるに従って、数を増し、燈を殖して、部屋中、三十九本まで、一度に、神々の名を輝かして、そして、黒髪に絵蝋燭の、五色の簪を燃して寝る。 その媚かしさと申すものは、暖かに流れる蝋燭より前に、見るものの身が泥になって、熔けるのでございま・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ この五色で満身を飾り立ったインコ夫人が後に沼南の外遊不在中、沼南の名誉に泥を塗ったのは当時の新聞の三面種ともなったので誰も知ってる。今日これを繰返しても決して沼南の徳を累する事はあるまい。徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、『風流仏』を読んだ時は読終って暫らくは恍然として珠運と一緒に五色の雲の中に漂うているような心地がした。アレほど我を忘れて夢幻にするような心地のしたのはその後にない。短篇ではあるが、世界の大文学に入るべきものだ。 露伴について語るべき・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・ 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいくらか書いてあったが、……いや、それ故に一層お前は狼狽して、莫迦・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それが田村道子となっているのは、たぶん新聞の誤植であろうと、道子は一応考えたが、しかしひょっとして同じ大阪から受験した女の人の中に自分とよく似た名の田村道子という人がいるのかも知れない、そうだとすれば大変と思って、ひたすら正式の通知を待ちわ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・の外の雨の音を聴いていた。…… 悪の華 午前六時の朝日会館――。 と、こうかけば読者は「午後六時の朝日会館」の誤植だと思うかも知れない。 たしかに午前六時の朝日会館など、まるで日曜日の教室――いや、それ以上に、・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・それも道理千万な談で、早い譬が、誤植だらけの活版本でいくら万葉集を研究したからとて、真の研究が成立とう訳はない理屈だから、どうも学科によっては骨董的になるのがホントで、ならぬのがウソか横着かだ。マアこんな意味合もあって、骨董は誠に貴ぶべし、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・支那に於いては棹の端に五色の糸をかけてお祭りをするのだそうであるが、日本では、藪から切って来たばかりの青い葉のついた竹に五色の紙を吊り下げて、それを門口に立てるのである。竹の小枝に結びつけられてある色紙には、女の子の秘めたお祈りの言葉が、た・・・ 太宰治 「作家の手帖」
出典:青空文庫