・・・「それならば可うごすが。」 爺は手桶を提げいたり。「何でもこうその水ン中へうつして見るとの、はっきりと影の映るやつは食べられますで、茸の影がぼんやりするのは毒がありますじゃ。覚えておかっしゃい。」 まめだちていう。頷きながら・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・どうも割合に暑うごすと、居士は土耳古帽を取って、きちんと畳んだ手拭で、汗を拭きましたっけ。……」 主人も何となく中折帽の工合を直して、そしてクスクスと笑った。「御主人の前で、何も地理を説く要はない。――御修繕中でありました。神社へ参・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・「有難うごす。きょうはまた、どこからかのお帰りですか。おそいねす。」「おれか? いや、どこの帰りでもねえ。まっすぐに、ここさ来たのだ。」 どうも私は駈引きという事がきらいで、いや、駈引きしたいと思っても、めんどうくさくて、とても・・・ 太宰治 「嘘」
出典:青空文庫