もとの邸町の、荒果てた土塀が今もそのままになっている。……雪が消えて、まだ間もない、乾いたばかりの――山国で――石のごつごつした狭い小路が、霞みながら一条煙のように、ぼっと黄昏れて行く。 弥生の末から、ちっとずつの遅速はあっても、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 時に、当人は、もう蒲団から摺出して、茶縞に浴衣を襲ねた寝着の扮装で、ごつごつして、寒さは寒し、もも尻になって、肩を怒らし、腕組をして、真四角。 で、二間の――これには掛ものが掛けてなかった――床の間を見詰めている。そこに件の大革鞄・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・あすこいら一帯に、袖のない夜具だから、四布の綿の厚いのがごつごつ重くって、肩がぞくぞくする。枕許へ熱燗を貰って、硝子盃酒の勢で、それでもぐっすり疲れて寝た。さあ何時頃だったろう。何しろ真夜半だ。厠へ行くのに、裏階子を下りると、これが、頑丈な・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・手織縞のごつごつした布子に、よれよれの半襟で、唐縮緬の帯を不状に鳩胸に高くしめて、髪はつい通りの束髪に結っている。 これを更めて見て客は気がついた。先刻も一度そのを大声で称えて、裾短な脛を太く、臀を振って、ひょいと踊るように次の室の入口・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ と、情けない声をだした婆さんの方にかまけて、思い止まり、背中にまわっていつもお前がしてやっていたように、存外思い腋の下を抱え起し、尿をとってやった。ごつごつした身体だった。 それから、四五日も看病してやったろうか、いよいよ宿や医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・無言で一日暮すこともあり、自分の性質の特色ともいうべき温和な人なつこいところは殆ど消え失せ、自分の性質の裏ともいうべき妙にひねくれた片意地のところばかり潮の退た後の岩のように、ごつごつと現われ残ったので、妻が内心驚ろいているのも決して不思議・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 仁助は、片隅でぐったりしている京一にごつごつ云った。 冬の寒い日だった。井戸端の氷は朝から、そのまま解けずにかたまっていた。仕事をしていても手は凍てつきそうだった。タバコが来ると、皆な急いで焚き火の方へ走って行った。「京よ・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ 老人はそのがっしりした体で、ごつごつした頭を前屈みにして、両足で広く地面を踏んで立って、青年の顔を見詰めている。思い掛けない事なので、呆れて目をいて、丁度電にでも撃たれたように、両腕を物を防ぐような形に高く上げて一歩引き下がった。そし・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・これらの植物の曲って地に垂れたその枝振りと、岩のようにごつごつして苔に蔽われた古い幹との形は、日本画にのみ見出される線の筆力を想像せしめる。並んだ石燈籠の蔭や敷石の上にまるで造花としか見えぬ椿の花の落ち散っている有様は、極めて写実的ならざる・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ 一本のごつごつした柏の木が、清作の通るとき、うすくらがりに、いきなり自分の脚をつき出して、つまずかせようとしましたが清作は、「よっとしょ。」と云いながらそれをはね越えました。 画かきは、「どうかしたかい。」といってちょっと・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫