・・・山小屋といっても、山の崖に斜めに丸太を横に立てかけ、その上を蓆や杉葉でおおうた下に板を敷いて、めいめいに毛布にくるまってごろごろ寝るのである。小屋のすみに石を集めた竈を築いて、ここで木こりの人足が飯をたいてくれる。一日の仕事から・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・病室にごろごろしている間は、貸本屋の持って来る小説を乱読するより外に為すことはない。 博文館の『文芸倶楽部』はその年の正月『太陽』と同時に第一号を出したので、わたくしは確にこれをも読んだはずであるが、しかし今日記憶に残っているものは一つ・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 鏡台の数だけ女も四、五人ほど、いずれも浴衣に細帯したままごろごろ寝転んでいた。暑い暑いといいながら二人三人と猫の子のようにくッつき合って、一人でおとなしく黙っているものに戯いかける。揚句の果に誰かが「髪へ触っちゃ厭だっていうのに。」と・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・よくあいつは遊んでいて憎らしいとかまたはごろごろしていて羨ましいとか金持の評判をするようですが、そもそも人間は遊んでいて食える訳のものではない。遊んでいるように見えるのは懐にある金が働いてくれているからのことで、その金というものは人のために・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・意思のある所には天祐がごろごろしているものだ」「どうも君は自信家だ。剛健党になるかと思うと、天祐派になる。この次ぎには天誅組にでもなって筑波山へ立て籠るつもりだろう」「なに豆腐屋時代から天誅組さ。――貧乏人をいじめるような――豆腐屋・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・石を建てるのはいやだがやむなくば沢庵石のようなごろごろした白い石を三つか四つかころがして置くばかりにしてもらおう。もしそれも出来なければ円形か四角か六角かにきっぱり切った石を建ててもらいたい。彼自然石という薄ッぺらな石に字の沢山彫ってあるの・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「やまねこ、にゃあご、ごろごろ さとねこ、たっこ、ごろごろ。」「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」「第三とうしょう、水銀メタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんなにぐずぐずしてるんだ。」画かきが少し・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・雷もごろごろ鳴っています。「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」一郎の声もしました。嘉助はよろこんでとびあがりました。「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」 一郎のにいさんと一郎が、とつぜん目の前に立ちました。嘉助はにわかに泣き出しま・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そうすると、つまり事実と事実がごろごろ転がっていてもしようがない。それを結び附けて考えようとすると、厭でも或る物を土台にしなくてはならない。その土台が例のかのようにだと云うのだね。宜しい。ところが、僕はそんな怪物の事は考えずに置く。考えても・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・石がごろごろしていて歩きにくいのですもの」 後れ先立つ娘の子の、同じような洗髪を結んだ、真赤な、幅の広いリボンが、ひらひらと蝶が群れて飛ぶように見えて来る。 これもお揃の、藍色の勝った湯帷子の袖が翻る。足に穿いているのも、お揃の、赤・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫