・・・そういう今日の共感に交えてデスデモーナのオセロにたいする封建的な屈従と畏怖とが、大切な愛をおどおどとさせ、才覚とほんとうの正直さとを失わせ、一枚のハンカチーフを種にイヤゴーの奸策につけ入らせた。そのルネッサンス女性の暗愚さは、ソヴェトの若い・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・目前の食糧問題という全くの公的課題を、忍耐ふかき日本の人民は、日に日に枯渇して来る各自のいとささやかな財布と、道徳的堕落を伴う要領、才覚によって、やりくっているのである。 日本が民主的自主的政治の能力を示して、世界に、自立的民族として存・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・ 若い者たちはアクリーナの思いやりのある才覚で、こっそり教会で婚礼の式をあげることが出来たのであった。が、ヴォルガの曳舟人足から稼ぎためて、今は九年間も改選なしの職人組合長老にまでなっているワシリー・カシーリンにとって、謂わば渡り職人の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら、「大臣ふみもえとらず、手わななきてやがて笑ひて、今日は術なし、右の大臣にまかせ申すとだにいひやり給はざりければ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
・・・其故、上へ上へと積上げた空間のそのまた平面を、最少限の面積で、最大限の能率に活かすアパートメント経営者の、才覚にほかなりません。そういう人間用の巣箱を「わが家」と呼んで、近代社会の何千万人が、せせこましい、律気な、名のない大衆としての生活を・・・ 宮本百合子 「よろこびの挨拶」
・・・に到って、女の俗的才覚、葛藤は複雑な女同士の心理的な交錯に達して、妻のお延と吉川夫人が津田をめぐって、跳梁している。箱根の温泉宿で、これら二人の女に対蹠する気質の清子が現れたところで、私たちは作者の死とともに作品の発展と完結とを奪われたので・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・此等の若い者たちは、自分たちの歪められた青春の列を消す力も才覚も場所も知っていないのだ。思えば列とは何と一抹の憫然さをも漂わしていることだろう。 列が日常の生活に生じて来る時代の空気は微妙で、列になる前の気分とはおのずと異っているところ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・しかし沙翁の女は、経済にも政治にも大体かげで男を女の魅力と才覚とで動かしてゆく女が描かれているのは、モリエールの喜劇などにあつかわれている女の姿と共通のものがあって興味ふかい。 ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「アンジアナ」は、十九世紀の・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・余りけばけばしい装飾の遠慮、無力を一種の愛らしさとしていた怯懦の消滅、自分の手と頭脳にだけ頼って、刻々変化する四囲の事情の中に生活を纏め計画する必要に迫られたことは、其時ぎりで失せる才覚以上のものを与えた。 種々の点から、今東京に居遺る・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・小才覚があるので、若殿様時代のお伽には相応していたが、物の大体を見ることにおいてはおよばぬところがあって、とかく苛察に傾きたがる男であった。阿部弥一右衛門は故殿様のお許しを得ずに死んだのだから、真の殉死者と弥一右衛門との間には境界をつけなく・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫