・・・こう思うのは最初にお前さんの邪魔をわたしがしたからかも知れないわ。それともどういうわけか知ら。わたしもよく分からないわ。一体わたしとお前さんと知合いになった初めのことを思って見ると変だわ。なんだかお前さんが気になってね。ちっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・まず、最初の段階は、微積分学の発見時代に相当する。それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ その晩のうちにチルナウエルは汽船に乗り込んで、南へ向けて立った。最初に着く土地はトリエストである。それから先きへ先きへと、東の方へ向けて、不思議の国へ行くのである。 さて到る処で紹介状を出すと、どこでも非常に厚く待遇する。いかに自・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・よくわからぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚しきところを押してみたが開かない。二歩三歩進んで次の戸を押したがやはり開かない。左の戸を押してもだめだ。 なお奥へ進む。 廊下は突き当たってしまった。右にも左にも道がない。困って右を・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・あいつが最初電車から飛び下りて、わたくしを追いかけて、あの包みを渡しさえしなかったら。」「しかし誰でもあの男の場合に出合ったら、あの男と同じ行為に出でたでしょう。どうも外に為様はないじゃありませんか。一体被告の申立ては法廷を嘲弄している・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ただ一番最初の相対原理に取り付いた時だけはさすがにそうはゆかなかったらしい。幾日も喪心者のようになって彷徨したと云っている。一つは年の若かったせいでもあろうが、その時の心持はおそらくただ選ばれたごく少数の学者芸術家あるいは宗教家にして始めて・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 大阪の町でも、私は最初来たときの驚異が、しばらく見ている間に、いつとなしにしだいに裏切られてゆくのを感じた。経済的には膨脹していても、真の生活意識はここでは、京都の固定的なそれとはまた異った意味で、頽廃しつつあるのではないかとさえ疑わ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・総じて幸徳らに対する政府の遣口は、最初から蛇の蛙を狙う様で、随分陰険冷酷を極めたものである。網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちるとすぐ蓋をする。彼らは国家のためにする・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ブルドックだか土佐犬だか、耳が小さく頬っぺたのひろがったその犬は、最初ものうそうに眼をひらいたが、みるみるうちに鼻皺を寄せて、あつい唇をまくれあがらせた。「――こんにゃく屋でございます」 もうそのときは、叫ぶように、犬にむかって言っ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・荒れに荒れた木枯しが、短い冬の日のあわただしく暮れると共に、ぱったり吹きやんで、寒い夜が一層寒く、一層静になったように思われる時、つけたばかりの燈火の下に、独り夕餉の箸を取上げる途端、コーンとはっきり最初の一撞きが耳元にきこえてくる時である・・・ 永井荷風 「鐘の声」
出典:青空文庫