・・・されど味のわろからぬまま喰い尽しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙を浮べて道ばたの草を蓐にすれど、路上坐禅を学ぶにもあらず、かえって跋提河の釈迦にちかし。一時ばかりにして人より宝丹を貰い受けて心地ようやくたしかになりぬ。お・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ この随筆中に仏書の悪口をいうた条がある。釈迦が譬喩に云った事を出家が真に受けているのが可笑しいというのである。そして経文を引用してある中に、海水の鹹苦な理由を説明する阿含経の文句が挙げてある。ところがその説明が現在の科学の与えている海・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 一秒時間に十八万六千マイルを走る光が一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現となる機会は、例えば釈迦の引いた譬喩の盲亀百年に一度大海から首を出して孔のあいた浮木・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ 孔子や釈迦や耶蘇もいろいろなちがった言葉で手首を柔らかく保つことを説いているような気がする。しかし近ごろの新しい思想を説く人の説だというのを聞いていると、まさしくそれとは反対でなければならないことになるらしく見える。なんでも相生の代わ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・桜さく三味線の国は同じ専制国でありながら支那や土耳古のように金と力がない故万代不易の宏大なる建築も出来ず、荒凉たる沙漠や原野がないために、孔子、釈迦、基督などの考え出したような宗教も哲学もなく、また同じ暖い海はありながらどういう訳か希臘のよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・下婢に茶菓を持運ばせた後、その蔵幅中の二三品を示し、また楽焼の土器に俳句を請いなどしたが、辞して来路を堤に出た。その時には日は全く暮れて往来の車にはもう灯がついていた。 昭和改元の年もわずか二三日を余すばかりの時、偶然の機会はまたもやわ・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ なお委しくいいますと聖人といえば孔子、仏といえば釈迦、節婦貞女忠臣孝子は、一種の理想の固まりで、世の中にあり得ないほどの、理想を以て進まねばならなかった。親が、子供のいう事を聞かぬ時は、二十四孝を引き出して子供を戒めると、子供は閉口す・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・その効能は固より御承知の事で、私などがかれこれ申すのも釈迦に何とかいう類になりますが、まず講話の順序として分らぬながら、分ったと思う事だけを述べます。こう云う修業で得る点は私の考えではまず二通りになるだろうと思います。一つは物の大小形状及び・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・気高いということは富士山や御釈迦様や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。草木禽獣、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもありま・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個性に於て、同じ一人の釈迦を別々に解釈し――ああいかに彼等の解釈がちがつてゐたか。――そして私らは私らの個性に於て、私ら自身の趣味にふさはしいところのゲーテやシヨパンを、各自に別々に理解するまでの・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
出典:青空文庫