・・・「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間に臥したるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽くる限りはあらじと思う。その時に戴けるはこの冠なり」と指を挙げて眉間をさす。冠の底を二重にめぐる一疋の蛇は黄金の・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと、いけないから、堅く丸めて落すんだよ」「じくじく濡れてるから、大丈夫だ。飛ぶ気遣はない。いいか、抛げるぜ、そら」「だいぶ暗くなって来たね。煙は相変らず出ているかい」「うん・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴るのみ。……」ウィリアムは急に眼を転じて盾の方を見る。彼の四・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・あたかも闇を裂く稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地がする。倫敦塔は宿世の夢の焼点のようだ。 倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたものである。過去と云う怪しき物を蔽える戸帳が自ずと裂けて龕中の幽光を二十世紀の上に反射するものは倫敦塔であ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・者にて、このわたりはさておけよかめりとおのがいふところどころをもゆるしなう、机もなにもうばひとりてこなたかなたへうつしやる、おのれは盗人の入たらん夜のここちしてうろたへつつ、かたへなるところに身をちひさくなしてこのをの子のありさま見をる、我・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・強いてその複雑なるものを求めんか、鶯や柳のうしろ藪の前つゝじ活けて其陰に干鱈さく女隠れ家や月と菊とに田三反等の数句に過ぎざるべし。蕪村の句の複雑なるはその全体を通じてしかり。中につきて数句を挙ぐれば草霞み水に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その句、行き/\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・の住はてし宿やうつせ貝 金扇に卯花画白かねの卯花もさくや井出の里鴛鴦や国師の沓も錦革あたまから蒲団かぶれば海鼠かな水仙や鵙の草茎花咲きぬ ある隠士のもとにて古庭に茶筌花咲く椿かな 雁宕久しく音づれせざり・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・花が咲くのに支柱があっては見っともないと云うのだけれども桜が咲くにはまだ一月もその余もある。菊池先生は春になったのでただ面白くてあれを取ったのだとおもう。その古い縄だの冬の間のごみだの運動場の隅へ集めて燃やした。そこでほかの実習の組の人・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そらはすっかり白くなり、風はまるで引き裂くよう、早くも乾いたこまかな雪がやって来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいっぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。 丘の稜は、もうあっちもこっちも、みんな一度に、軋るように切るように鳴り出し・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
出典:青空文庫