・・・ この故に写生文家は地団太を踏む熱烈な調子を避ける。恁る狂的の人間を写すのを避けるのではない。写生文家自身までが写さるる狂的な人間と同一になるを避けるのである。避けるのではない。そこまで引き込まるる事がおかしくてできにくいのである。・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・――ハンケチは裂けるかい」「うん、裂けたよ。繃帯はもうでき上がった」「大丈夫かい。血が出やしないか」「足袋の上へ雨といっしょに煮染んでる」「痛そうだね」「なあに、痛いたって。痛いのは生きてる証拠だ」「僕は腹が痛くなっ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに、同志の言葉に震え騒いでいる。 ――この上に、無限に高い空と、突っかかって来そうな壁の代りに、屋根や木々や、野原やの――遙なる視野――があればなあ、と私は淋しい気持になった。 陰鬱の・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・、歴史等の大概を学び、又家の事情の許す限りは外国の語学をも勉強して、一通りは内外の時勢に通じ、学者の談話を聞ても其意味を解し、自から談話しても、其意味の深浅は兎も角も、弁ずる所の首尾全うして他人の嘲を避ける位の心掛けは、婦人の身になくて叶わ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・わたくしは胸が裂けるように動悸がいたしました。そしてあなたが好きになりました。やはり十六年前の青年よりは今のあなたの方が好きだと存じました。 あなたのような種類の人、あなたのように智慧がおありになり、しっかりしておいでになって、そして様・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 崖のこっち側と向う側と昔は続いていたのでしょうがいつかの時代に裂けるか罅れるかしたのでしょう。霧のあるときは谷の底はまっ白でなんにも見えませんでした。 私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。ずうっと下の方・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・今はこれを避ける。ただ我等仏教徒はまず釈尊の所説の記録仏経に従うということだけを覚悟しよう。仏経に従うならば五種浄肉は修業未熟のものにのみ許されたこと楞迦経に明かである。これとても最後涅槃経中には今より以後汝等仏弟子の肉を食うことを許されず・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・テントの中は割けるばかりの笑い声です。 陳氏ももう手を叩いてころげまわってから云いました。「まるでジョン・ヒルガードそっくりだ。」「ジョン・ヒルガードって何です。」私は訊ねました。「喜劇役者ですよ。ニュウヨーク座の。けれども・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ピシッと鞭がせなかに来る、全くこいつはたまらない、ヨークシャイヤは仕方なくのそのそ畜舎を出たけれど胸は悲しさでいっぱいで、歩けば裂けるようだった。助手はのんきにうしろから、チッペラリーの口笛を吹いてゆっくりやって来る。鞭もぶらぶらふっている・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫