・・・窓の下、歳の市の売り出しにて、笑いさざめきが、ここまで聞えてまいります。おからだ御大事にねがいます。太宰治様。細野鉄次郎。」「罰です。女ひとりを殺してまで作家になりたかったの? もがきあがいて、作家たる栄光得て、ざまを見ろ、麻薬中毒者と・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・不夜城を誇顔の電気燈は、軒より下の物の影を往来へ投げておれど、霜枯三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖く小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けては・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。 明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖かく小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けてはさすがに初冬の寒気が身に浸み・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ しっとりと、草の葉のさざめきに耳を傾ける人もございます。 私は、彼女等が圏境から与えられた騒躁な、騒躁でなければ居られない神経と云うものに、人間はもっと深い同情と思慮とを費やすべきだと存じます。 何故なら、此は、只彼女がそうな・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・地面に雪は凍っているが、そんなことはものともせず、モスクワ煙草工場の労働婦人たちが仕事着の上へ外套をひっかけた姿で、笑いさざめきながらぐるりと広場に大きい輪をつくっている。 手風琴をひいている断髪の女が輪のなかに、前で、二人の労働婦人が・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・ コーコー、コーコー笑いさざめきながら水共が、或るときは岸に溢れ出し、或るときは途方もないところまで馳けこんで大賑やかな河原には小石の隙間から一面に青草が萌え、無邪気な雲雀の雛の囀りが、かご茨や河柳の叢から快く響いて来る。 桑の芽は・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・夏季講習が折々この村の中学で行われる時は、村中が急に、さざめき渡るのである。 それだから、彼等にとって生徒はまことに有難いものに写るので「生徒さん」と云う名をつけて必(して呼びずてにする事はしなかった。 源平団子と云う菓子屋はいつも・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・だが、この空と花との美しき情趣の中で、華やかな女のさざめきが微笑のように迫るなら、愛慾に落ちないものは石であった。このためここの白い看護婦たちは、患者の脈を験べる巧妙な手つきと同様に、微笑と秋波を名優のように整頓しなければならなかった。しか・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫