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・・・ いかなる詩聖の言葉のかげにも又いかばかり偉大な音楽家の韻律のかげにもたとえ表面は舞い狂う――笑いさざめく華かさがあってもその見えない影にひそむ尊い悲しみが人の心を動かすものであろう。 悲しみと云っても只涙をこぼすばかりの悲しみでは・・・
宮本百合子
「千世子(二)」
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・・・群れて笑いさざめく彼等、男の声、女の声。目の前を走る自動車が、四辺かまわずムッと跳上げる砂埃――其でも彼等は嬉々と笑う。 腕を組んで漫歩する紳士が、枝に止まった小鳥のように目白押しする彼等の、その真正面で、ペッと地面に不作法な唾を吐く―・・・
宮本百合子
「一粒の粟」