・・・やさしい為事だなあ。ちょいとしゃがめば、ちょいと手に攫めると云う為事で、あぶなげのないのでなくちゃ厭だ。そう云う旨い為事があるのかい。福の神の髻を攫んで放さないと云う為事だ。どうかすると、おめえそんなのを一週間に一度ずつこっそりやるのかも知・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・世の士君子、もしこの順席を錯て、他に治国の法を求めなば、時日を経るにしたがい、意外の故障を生じ、不得止して悪政を施すの場合に迫り、民庶もまた不得止して廉恥を忘るるの風俗に陥り、上下ともに失望して、ついには一国の独立もできざるにいたるべし。古・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・今人を呼び起したのも勿論それだけの用はあったので、直ちにうちの者に不浄物を取除けさした。余は四、五日前より容態が急に変って、今までも殆ど動かす事の出来なかった両脚が俄に水を持ったように膨れ上って一分も五厘も動かす事が出来なくなったのである。・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・なぜ修身がほんとうにわれわれのしなければならないと信ずることを教えるものなら、どんな質問でも出さしてはっきりそれをほんとうかうそか示さないのだろう。一千九百廿五年十月廿五日今日は土性調査の実習だった。僕は第二班の・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そのひとこまには濃厚に、日本の天皇制権力の野蛮さとそれとの抗争のかげがさしている。『人民の文学』は、ひろく読まれているのに、詳細な書評が少ないのは、この複雑性によるとも考えられる。 宮本顕治の文芸評論をながめわたすと、いくつかの点に心を・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・家禽は両脚を縛られたまま、赤い鶏冠をかしげて目をぎョろぎョろさしている。 彼らは感じのなさそうな顔のぼんやりしたふうで、買い手の値ぶみを聞いて、売り価を維持している。あるいはまた急に踏まれた安価にまけて、買い手を呼び止める、買い手はそろ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 木村は傘をさして、てくてく出掛けた。停留場までの道は狭い町家続きで、通る時に主人の挨拶をする店は大抵極まっている。そこは気を附けて通るのである。近所には木村に好意を表していて、挨拶などをするものと、冷澹で知らない顔をしているものとがあ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・(男首を俛れて辻馬車のたまりをさして行く。昔のおろかなりし事の苦澀なる記念のために、その面上には怜 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・どこへでもええで寝さしてくれよ。」と安次は云った。「ぬかしてよ。汝や汝で、何ぜ俺とこを母屋やなんてたれるのや。どこで聞いて来た。他家んとこへ来るなら来るで、ちゃんとして来い。」「そんなに大っきな声出さんでも、ええわして。」とお留は云・・・ 横光利一 「南北」
・・・こう云いさして、大層意味ありげに詞を切って、外の事を話し出した。なんだかエルリングの事は、食卓なんぞで、笑談半分には話されないとでも思うらしく見えた。 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫