・・・ 天も地も一つになった。颯と風が吹きおろしたと思うと、積雪は自分の方から舞い上るように舞上った。それが横なぐりに靡いて矢よりも早く空を飛んだ。佐藤の小屋やそのまわりの木立は見えたり隠れたりした。風に向った二人の半身は忽ち白く染まって、細・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 聞澄して、里見夫人、裳を前へ捌こうとすると、うっかりした褄がかかって、引留められたようによろめいたが、衣裄に手をかけ、四辺をみまわし、向うの押入をじっと見る、瞼に颯と薄紅梅。 九 煙草盆、枕、火鉢、座蒲団も・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 玄武寺の頂なる砥のごとき巌の面へ、月影が颯とさした。―― 泉鏡花 「海の使者」
・・・実際、水槽に浸したのは、真蒼な西瓜も、黄なる瓜も、颯と銀色の蓑を浴びる。あくどい李の紅いのさえ、淡くくるくると浅葱に舞う。水に迸る勢に、水槽を装上って、そこから百条の簾を乱して、溝を走って、路傍の草を、さらさらと鳴して行く。 音が通い、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 荒海の磯端で、肩を合わせて一息した時、息苦しいほど蒸暑いのに、颯と風の通る音がして、思わず脊筋も悚然とした。……振返ると、白浜一面、早や乾いた蒸気の裡に、透なく打った細い杭と見るばかり、幾百条とも知れない、おなじような蛇が、おなじよう・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・瞼に颯と薄紅。 二 坐ると炭取を引寄せて、火箸を取って俯向いたが、「お礼に継いで上げましょうね。」「どうぞ、願います。」「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気ッちゃありやしない。串戯はよし・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ すぽりと離れて、海へ落ちた、ぐるぐると廻っただがな、大のしに颯とのして、一浪で遠くまで持って行った、どこかで魚の目が光るようによ。 おらが肩も軽くなって、船はすらすらと辷り出した。胴の間じゃ寂りして、幽かに鼾も聞えるだ。夜は恐ろし・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・――すぐこの階のもとへ、灯ともしの翁一人、立出づるが、その油差の上に差置く、燈心が、その燈心が、入相すぐる夜嵐の、やがて、颯と吹起るにさえ、そよりとも動かなかったのは不思議であろう。 啾々と近づき、啾々と進んで、杖をバタリと置いた。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・四月の末だというのに、湿気を含んだ夜風が、さらさらと辻惑いに吹迷って、卯の花を乱すばかり、颯と、その看板の面を渡った。 扉を押すと、反動でドンと閉ったあとは、もの音もしない。正面に、エレベエタアの鉄筋が……それも、いま思うと、灰色の魔の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・所は昼になって、ただ見れば、裏手は一面の蘆原、処々に水溜、これには昼の月も映りそうに秋の空は澄切って、赤蜻蛉が一ツ行き二ツ行き、遠方に小さく、釣をする人のうしろに、ちらちらと帆が見えて海から吹通しの風颯と、濡れた衣の色を乱して記念の浴衣は揺・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
出典:青空文庫