・・・そして、そこに休んでいたろばに乗られて、砂漠の中を過ぎられました。 お姫さまは、その道は、自分のきた時分に通った道でないので、ほんとうに、故郷に帰ることができるだろうかと、不安に思われましたが、小鳥がどこまでもついていってくれるのを頼り・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・いまの人間はすこしの休息もなく、疲れということも感じなかったら、またたくまにこの地球の上は砂漠となってしまうのだ。私は疲労の砂漠から、袋にその疲労の砂を持ってきた。私は背中にその袋をしょっている。この砂をすこしばかり、どんなものの上にでも振・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・く寝るという意味を表現する言葉である、その昔アラビヤ人というものはなかなかのエピキュリアンであったから、齢十六歳を過ぎて一人寝をするような寂しい人間は一人もいなかった、ところがある時一人の青年が仲間と沙漠を旅行しているうちに仲間に外れてしま・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・そしてそれは凩に追われて、砂漠のような、そこでは影の生きている世界の遠くへ、だんだん姿を掻き消してゆくのであった。 堯はそれを見終わると、絶望に似た感情で窓を鎖しにかかる。もう夜を呼ぶばかりの凩に耳を澄ましていると、ある時はまだ電気も来・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・この乙女を捨てて遠く走らんとす。この乙女を沙漠の真中にのこしゆかんとす。これまことにわれの忍び得ることなるか。 われ近ごろ、猛き獅子と巨蠎と、沙漠の真中にて苦闘するさまを描ける洋画を見たり。題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・永野喜美代ほどの異質、近頃沙漠の花ほどにもめずらしく、何卒、良き交友、続けられること、おねがい申します。さて、その後のからだの調子お知らせ下さい。ぼく余りお邪魔しに行かぬよう心掛け、手紙だけでも時々書こうと思い、筆を執ると、えい面倒、行って・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかし映画では第一その舞台が室内にでも戸外にでも海上にでも砂漠にでも自由に選ばれる。そうしてカメラの対物鏡は観客の目の代理者となって自由自在に空間中を移動し、任意な距離から任意な視角で、なおその上に任意な視野の広さの制限を加えて対象を観察し・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の女の一群がそのあと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 砂漠でらくだがうずくまっていると飛行機の音が響いて来る、するとらくだが驚いて一声高くいなないて立ち上がる。これだけで芝居のうそが生かされて熱砂の海が眼前に広げられる。ホテルの一室で人が対話していると、窓越しに見える遠見の屋上でアラビア・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それで市民自身で今から充分の覚悟をきめなければせっかく築き上げた銀座アルプスもいつかは再び焦土と鉄筋の骸骨の砂漠になるかもしれない。それを予防する人柱の代わりに、今のうちに京橋と新橋との橋のたもとに一つずつ碑石を建てて、その表面に掘り埋めた・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫