・・・概して云えば技術的に後れている平凡な軍事的沙漠映画の印象であった。それがファッショの国では恐らく名誉なものであろうムッソリーニ賞杯を得ているのは何故であろうか。 広く知られている通りイタリーのアフリカ植民地政策の活溌さはエチオピア問題を・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 観客に対する関係からでも映画製作者は恋愛のさまざまに変化ある捕え方に苦心しているのであろうが、せんだってのディートリッヒとヴォアイエの「砂漠の花園」などは中途はんぱで工夫倒れの感があった。それよりは「あまかける恋」におけるゲーブルとク・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・それは、バルザックが「砂漠の情熱」という題で書いた牝豹とアフリカ守備兵のロマンティックな短篇を、シートンがその筋のまま物語っていることである。コフマンのこの本も猿が人間生活の感情にある理解をもつことは語っているが、アフリカの牝豹が守備兵を恋・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・北は北極から、南は砂漠。そこには綿が生え、駱駝しか歩けないような地域までひろがっている。ペルシャやアフガニスタンはすぐ隣りだ。蒙古と国境がくっついている。その中に、二十五の人種が棲んでいる。ロシアとひとくちに云っても、例えば第十六回ロシア共・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・侵略された内部の皮膚は乾燥した白い細粉を全面に漲らせ、荒された茫々たる沙漠のような色の中で、僅かに貧しい細毛が所どころ昔の激烈な争いを物語りながら枯れかかって生えていた。だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕を築いて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 十五世紀から十七世紀へかけての航海者の報告を総合すれば、サハラの沙漠から南へ広がっているニグロ・アフリカに、そのころなお、調和的に立派に形成された文化が満開の美しさを見せていたということは確実なのである。ではその文化の華はどうなったか・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・人を裁くものは自分も裁かれなければならない。私はあの人を少しでもよくしなければならない立場にありながら、あの人に対する自分の悪感のみを表わしたのです。私の悪感は彼をますます悪くしようとも、善くするはずはありません。すでにこれまでにも彼を圧迫・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 四十何年か前に、スタインの『古代ホタン』を見て、中央アジアの砂漠のほとりに残っている古い都市の残骸から、いろいろな場面を空想したことがある。砂の中に埋もれてわずかに下半身だけを残していた塑像なども、それの好い材料であった。今名取君の撮・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫