・・・ そこで、彼は、妻子家来を引き具して、白昼、修理の屋敷を立ち退いた。作法通り、立ち退き先の所書きは、座敷の壁に貼ってある。槍も、林右衛門自ら、小腋にして、先に立った。武具を担ったり、足弱を扶けたりしている若党草履取を加えても、一行の人数・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・で、足を踏張り、両腕をずいと扱いて、「御免を被れ、行儀も作法も云っちゃおられん、遠慮は不沙汰だ。源助、当れ。」「はい、同役とも相談をいたしまして、昨日にも塞ごうと思いました、部屋(と溜の炉にまた噛りつきますような次第にござります。」・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ど、そは思わざるも甚しと云わねばならぬ、斯く式広を確立したればこそ、力ある美風も成立って、家庭を統一し進んで社会を支配することも出来たのである、娯楽本能主義で礼儀の精神がなければ必ず散漫に流れて日常の作法とはならぬ、是に反し礼儀を本能とした・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・今と違って遊山半分でもマジメな信心気も相応にあったから、必ず先ず御手洗で手を清めてから参詣するのが作法であった。随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、旧習慣、常套、俗悪なる形式作法に囚われなければならぬのか。 塵埃に塗れた、草や、木が、風雨を恋うるように、生活に疲れた人々は、清新な生命の泉に渇するのであります。詩の使命を知るものは、童話が、いかに、この人生に重大な位置にあるか・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・ こゝには主として後者即ち文学的味いを生命とする文章を目標とし、特にその作法の根本的用意を述べたいと思う。 われ/\が、何か思うところ、感ずるところを書きたいと望むことがある。そこで、先ずわれ/\は、最初に自分の感じを抽き出す文字を・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・亜流はこの描写法を小説作法の約束だと盲信し、他流もまたこれをノスタルジアとしている。頭が上らない。しかし、一体人間を過不足なく描くということが可能だろうか。そのような伝統がもし日本の文学にあると仮定しても、若いジェネレーションが守るべき伝統・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・馬琴が用いましたその小説中の言語と、当時の実際の言語とも一つの重要な関係点でありますれば、馬琴の描きました小説中の風俗習慣や儀式作法と、当時の実際の風俗習慣や儀式作法との関係も、また重要の一カ条でございますし、馬琴の小説中にあらわれて居りま・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・という昔から世に行われているあのくすぐったい作法のゆえに、許していただきたいと思うのであります。 さて、それでは今回は原作をもう少し先まで読んでみて、それから原作に足りないところを私が、傲慢のようでありますが、たしかに傲慢のわざなのであ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・客とろくに話もせぬうちに、だまって将棋盤を持ちだすのは、これは将棋のひとり天狗のよくやりたがる作法である。それではまず、ぎゅっと言わせてやろう。僕も微笑みながら、だまって駒をならべた。青扇の棋風は不思議であった。ひどく早いのである。こちらも・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫