・・・甚だしきに到っては、ビイルを二本くらい持参して、まずそれを飲み、とても足りっこ無いんだから、主人のほうから何か飲み物を釣り出すという所謂、海老鯛式の作法さえ時たま行われているのである。 とにかく私にとって、そのような優雅な礼儀正しい酒客・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・その作法である。」 泣き泣きX光線は申しました。「私には、あなたの胃袋や骨組だけが見えて、あなたの白い膚が見えません。私は悲しいめくらです。」なぞと、これは、読者へのサーヴィス。作家たるもの、なかなか多忙である。 ルソオの懺・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・招待を受けても、聞えぬふりして返事も出さず、ひそかに赤面し、小さくなって震えているのが、いまの私の状態に、正しく相応している作法であった。 自身の弱さが――うかうか出席と返事してしまった自身のだらし無さが、つくづく私に怨めしかった。悔い・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・一万五千円の学費つかって、学問して、そうして、おぼえたものは、ふたり、同じ烈しき片思いのまま、やはりこのまま、わかれよ、という、味気ない礼儀、むざんの作法。ああ、まこと、憤怒は、愛慾の至高の形貌にして、云々。 十唱 あたしも・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・鳥にはだれも初めから遠慮とか作法とかを期待しない、というせいもあるであろう。また、鳥の生活に全然没交渉なわれわれは、鳥の声からしてわれわれの生活の中に無作法に侵入して来るような何物の連想をもしいられないせいもあるであろう。蝉の声には慣らされ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・人間と生を請て、女の男只一人持事、是作法也。あの者下/″\をおもふは是縁の道也。おの/\世の不義といふ事をしらずや。夫ある女の、外に男を思ひ、または死別れて、後夫を求るとて、不義とは申べし。男なき女の、一生に一人の男を、不義とは申されまじ。・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 漢詩の作法は最初父に就いて学んだ。それから父の手紙を持って岩渓裳川先生の門に入り、日曜日ごとに『三体詩』の講義を聴いたのである。裳川先生はその頃文部省の官吏で市ヶ谷見附に近い四番町の裏通りに住んでおられた。玄関から縁側まで古本が高く積・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・これは『小説作法』の中にもかいて置いた。政治を論じたり国事を憂いたりする事も、恐らくは貧家の子弟の志すべき事ではあるまい。但し米屋酒屋の勘定を支払わないのが志士義人の特権だとすれば問題は別である。 わたくしは教師をやめると大分気が楽にな・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・元来婦人の性質は穎敏にして物に感ずること男子よりも甚しきの常なれば、夫たる者の無礼無作法粗野暴言、やゝもすれば人を驚かして家庭の調和を破ること多し。之を慎しむは男子第一の務なる可し。又夫の教訓あらば其命に背く可らず、疑わしきことは夫に問うて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それは昨日の夕方顔のまっかな蓑を着た大きな男が来て「知って置くべき日常の作法。」という本を買って行ったのでしたが山男がその男にそっくりだったのです。 とにかくみんなは山男をすぐ食堂に案内しました。そして一緒にこしかけました。山男が腰かけ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
出典:青空文庫