・・・だって君、左様じゃないか。僕だって働かずには生きて居られないじゃないか。その汗を流して手に入れたものを、ただで他に上げるということは出来ない。貰う方の人から言っても、ただ物を貰うという法はなかろう。」 こう言い乍ら、自分は十銭銀貨一つ取・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。左様、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやが・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・縄を取去り、その場にうち伏したまま、左様、一時間くらい死人のようにぐったりしていた。蟻の動くほどにも動けなかった。そのときポケットの中の高価の煙草を思い出し、やたらむしょうに嬉しくなって、はじかれたように、むっくり起きた。ふるえる手先で煙草・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・友情と金銭とのあいだには、このうえなく微妙な相互作用がたえずはたらいているものらしく、彼の豊潤の状態が私にとっていくぶん魅力になっていたことも争われない。これは、ひょっとしたら、馬場と私との交際は、はじめっから旦那と家来の関係にすぎず、徹頭・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ なお、その老人に茶坊主の如く阿諛追従して、まったく左様でゴゼエマス、大衆小説みたいですね、と言っている卑しく痩せた俗物作家、これは論外。 四 或る雑誌の座談会の速記録を読んでいたら、志賀直哉というのが、妙に・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるようになった。そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事も分って来た。こういう物の運動に関係した問題に触れ初めると同・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・その音源はお園からは十メートル近くも離れた上手の太夫の咽喉と口腔にあるのであるが、人形の簡単なしかし必然的な姿態の吸引作用で、この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。この魔術は、演技者がもしも生きた人間であったら決してしとげられ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・私の講演を行住坐臥共に覚えていらっしゃいと言っても、心理作用に反した注文なら誰も承知する者はありません。これと同じようにあなた方と云うやはり一箇の団体の意識の内容を検して見るとたとえ一カ月に亘ろうが一年に亘ろうが一カ月には一カ月を括るべき炳・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・と津田君は幽霊を研究するだけあって心理作用に立ち入った質問をする。「あんまり主人らしい心持もしないさ。やっぱり下宿の方が気楽でいいようだ。あれでも万事整頓していたら旦那の心持と云う特別な心持になれるかも知れんが、何しろ真鍮の薬缶で湯を沸・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・目的的作用というものにおいても、あるいは斯くいい得るであろう。しかし直観においては、一々の点が始であり終であるのである。それは創造的過程であるのである、故に自覚的であるのである。時を媒介とするのではない、時の過程はそこからであるのである。故・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫