・・・然し、性慾は、或は夫婦間の交接と云う事は、左様云うような不正な、根本的に暗黒と、否定と、堕落とを意味するものであろうか。 勿論、其にふける事は恐ろしい。其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買い求め参れとの事なるに、このたび渡来候品の中にて、第一の珍物はかの伽羅に有之、その木に本末あれば、本木の方が尤物中の尤物たること勿論なり、それを手に入れてこそ主命を果すに・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
某儀今年今月今日切腹して相果候事いかにも唐突の至にて、弥五右衛門奴老耄したるか、乱心したるかと申候者も可有之候えども、決して左様の事には無之候。某致仕候てより以来、当国船岡山の西麓に形ばかりなる草庵を営み罷在候えども、先主・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・という洋語も知らず、また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身のうちに潜む反抗の鋒は、いちとことばを交えた佐佐のみ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・一作は次ぎの一作とは全く独立はしているとしても、作者の意識というものは左様に都合よく独立し得られるものだとは私には思えない。『春琴抄』における眼を突く時間の早さについてうんぬんしたのも、私にはここに意見があったのである。 ついでに宇野浩・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ しかし、このようなことは、作品の欠点とはならずに、すべて作者の制作中の意識作用から眺めた作品の見方で通用するものとは私も思っていない。作品批評をする場合には、もちろん、作品が中心であるのだから、こんなことはどうでもよさそうなものである・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・何故なら、文学などと云うものは、コンミニストにとっては、左様に深き認識者の重要物ではないからだ。 もし、彼らにして文学を認めるとすれば、文学に対して最も深き認識者は、コンミニストたらざるを得なくなると云う認識も否定すべきであろう。・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・だが、ナポレオンにとっては、ロシアは彼の愛するルイザの微笑を見んがためばかりにさえも、征服せらるべき国であった。左様に彼はルイザを愛し出した。彼が彼女を愛すれば愛するほど、彼の何よりも恐れ始めたことは、この新しい崇高優美なハプスブルグの娘に・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・「わたしは病気ではないのです。弟が病気で、ニッツアに行っています所が、そいつがひどく工合が悪くなったというので、これから見舞に行って遣るのです。」「左様でございますか。それならあなた、弟さんを直ぐに連れてお帰りなさいましよ。御容体が・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・だからここに茸の価値と言われるものは、この自己没入的な探求の体験の相続と繰り返しにほかならぬのであって、価値感という作用に対応する本質というごときものではない。茸の価値は茸の有り方であり、その有り方は茸を見いだす我々人間の存在の仕方にもとづ・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫