・・・え女だからと五銭なり十銭なりやすくしなければ気のすまない従来の習慣に対して、労務委員会あたりでは談笑のうちに、女がどっさりとるようになると永く働いていて男の邪魔になるし、婚期がおくれて人口問題にもさし障る、と至極楽天的に片づけられていること・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・見れば子供衆が菓子を食べていなさるが、そんな物は腹の足しにはならいで、歯に障る。わしがところではさしたる饗応はせぬが、芋粥でも進ぜましょう。どうぞ遠慮せずに来て下されい」男は強いて誘うでもなく、独語のように言ったのである。 子供の母はつ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・と、お花は自分の足の指が、先きに立って歩いているお松の踵に障るように、食っ附いて歩きながら云った。「笑談お言いでない。」お松も実は余り心丈夫でもなかったが、半分は意地で強そうな返事をした。 二階では稀に一しきり強い風が吹き渡る時、そ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・ かたりおわるとき午夜の時計ほがらかに鳴りて、はや舞踏の大休みとなり、妃はおおとのごもりたもうべきおりなれば、イイダ姫あわただしく坐をたちて、こなたへさしのばしたる右手の指に、わが唇触るるとき、隅の観兵の間に設けたる夕餉に急ぐまろうど、・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・水の触るる所、砂石皆赤く、苔などは少しも生ぜず。牛の牢という名は、めぐりの石壁削りたるようにて、昇降いと難ければなり。ここに来るには、横に道を取りて、杉林を穿ち、迂廻して下ることなり。これより鳳山亭の登りみち、泉ある処に近き荼毘所の迹を見る・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・それに障るのが厭なのである。 暫く気を詰めて動かずにいると、額に汗が出て来る。が重くなって目が塞がりそうになる。その度にびっくりして目を開く。目を開いてはこの気味の悪い部屋中を見廻す。どこからか差す明りが、丁度波の上を鴎が走るように、床・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫