・・・ 二 まい茸はその形細き珊瑚の枝に似たり。軸白くして薄紅の色さしたると、樺色なると、また黄なると、三ツ五ツはあらむ、芝茸はわれ取って捨てぬ。最も数多く獲たるは紅茸なり。 こは山蔭の土の色鼠に、朽葉黒かりし小暗・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 青い煙の細くなびく、蝋燭の香の沁む裡に、さっきから打ちかさねて、ものの様子が、思わぬかくし事に懐姙したか、また産後か、おせい、といううつくしい女一人、はかなくなったか、煩ろうて死のうとするか、そのいずれか、とフト胸がせまって、涙ぐんだ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ で、何処でも、あの、珊瑚を木乃伊にしたような、ごんごんごまは見当らなかった。――ないものねだりで、なお欲い、歩行くうちに汗を流した。 場所は言うまい。が、向うに森が見えて、樹の茂った坂がある。……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・錦重堂板の草双紙、――その頃江戸で出版して、文庫蔵が建ったと伝うるまで世に行われた、釈迦八相倭文庫の挿画のうち、摩耶夫人の御ありさまを、絵のまま羽二重と、友染と、綾、錦、また珊瑚をさえ鏤めて肉置の押絵にした。…… 浄飯王が狩の道にて――・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・のままのと、一笊は、藍浅く、颯と青に洗上げたのを、ころころと三つばかり、お町が取って、七輪へ載せ、尉を払い、火箸であしらい、媚かしい端折のまま、懐紙で煽ぐのに、手巾で軽く髪の艶を庇ったので、ほんのりと珊瑚の透くのが、三杯目の硝子盃に透いて、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端にある色よい枝を折ってくれた。手にとれば手を染めそうな・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・娘は終にその俳優の胤を宿して、女の子を産んだそうだが、何分にも、甚だしい難産であったので、三日目にはその生れた子も死に、娘もその後産後の日立が悪るかったので、これも日ならずして後から同じく死んでしまったとの事だ。こんな事のあったとは、彼は夢・・・ 小山内薫 「因果」
・・・ 袖子の母さんは、彼女が生まれると間もなく激しい産後の出血で亡くなった人だ。その母さんが亡くなる時には、人のからだに差したり引いたりする潮が三枚も四枚もの母さんの単衣を雫のようにした。それほど恐ろしい勢いで母さんから引いて行った潮が――・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・アグリパイナは、産後のやつれた頬に冷い微笑を浮べて応答した。この子は、あなたのお子ではございませぬ。この子は、きっとヒッポの子です。 その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブラゼンバートは石榴を種子ごと食って、激烈の腹痛に襲われ、呻・・・ 太宰治 「古典風」
出典:青空文庫