・・・陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんがために、反対の方向から相槌を打った・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
一 私は今年四十二才になる。ちょうどこの雑誌の読者諸君からみれば、お父さんぐらいの年頃であるが、今から指折り数えると三十年も以前、いまだに忘れることの出来ないなつかしい友達があった。この話はつくりごとでないから・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 与謝野晶子さんがまだ鳳晶子といわれた頃、「やははだの熱き血潮にふれもみで」の一首に世を驚したのは千駄ヶ谷の新居ではなかった歟。国木田独歩がその名篇『武蔵野』を著したのもたしか千駄ヶ谷に卜居された頃であったろう。共に明治三十年代のことで・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・是ヲ江戸時代ニ就イテ顧レバ水茶屋ノ女ノ如ク麦湯売ノ姐サンノ如ク、又宿屋ノ飯盛ノ如シト言フモ可ナリ。カツフヱーノ婢ハ世人ノ呼デ女ボーイトナシ又女給トナスモノ。其ノ服飾鬟髻ノ如キハ別ニ観察シテ之ヲ記ス可シ。此ノ宵一婢ノ適予ガ卓子ノ傍ニ来ツテ語ル・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・是ヲ江戸時代ニ就イテ顧レバ水茶屋ノ女ノ如ク麦湯売ノ姐サンノ如ク、又宿屋ノ飯盛ノ如シト言フモ可ナリ。カツフヱーノ婢ハ世人ノ呼デ女ボーイトナシ又女給トナスモノ。其ノ服飾鬟髻ノ如キハ別ニ観察シテ之ヲ記ス可シ。此ノ宵一婢ノ適予ガ卓子ノ傍ニ来ツテ語ル・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・十丁にして尽きた柳の木立を風の如くに駈け抜けたものを見ると、鍛え上げた鋼の鎧に満身の日光を浴びて、同じ兜の鉢金よりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみさんさんと靡かしている。栗毛の駒の逞しきを、頭も胸も革に裹みて飾れる鋲の数は篩い落せし秋の夜・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・その中エスさんが二階から降りて来られた。それでもまだ気付かない。エスさんも自分と同じくユンケル氏の所へ招れて来ているのだと思い込んでいた。それにしてもユンケル氏が出て来ないのを不思議に思い、エスさんに尋ねて見ると、自分は全く家を間違っていた・・・ 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・フランス語の「サンス」 sens という語は他の国語に訳し難い意味を有っている。それは「センス」sense でもない、「ジン」 Sinnでもない。マールブランシュはいうまでもなく、デカルトにすらそれがあると思われる。しかし私はフランス哲学独・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・フランス語の「サンス」 sens という語は他の国語に訳し難い意味を有っている。それは「センス」sense でもない、「ジン」 Sinnでもない。マールブランシュはいうまでもなく、デカルトにすらそれがあると思われる。しかし私はフランス哲学独・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 流石は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚れて見ても、勇気を振い起して見ても、寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫