・・・ 小屋に帰ると妻は蓆の上にペッたんこに坐って馬にやる藁をざくりざくり切っていた。赤坊はいんちこの中で章魚のような頭を襤褸から出して、軒から滴り落ちる雨垂れを見やっていた。彼れの気分にふさわない重苦しさが漲って、運送店の店先に較べては何か・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私はもう、気味が悪いやら怖いやら、がたがた顫えておりますと、お神さんがね、貴方、ざくりと釘を掴みまして、(この釘は丑の時参が、猿丸の杉に打込んだので、呪の念が錆附いているだろう、よくお見。これはね大工が家を造る時に、誤って守宮の胴の中へ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 手拭を頭に巻きつけ筒袖姿の、顔はしわだらけに手もやせ細ってる姉は、無い力を出して、ざくりざくり桑を大切りに切ってる。薄暗い心持ちがないではない。お光さんは予には従姉に当たる人の娘である。 翌日は姉夫婦と予らと五人つれ立って父の墓参・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・というのは、実を言えば貴下と吉田さんにはそういった苦言をいつの日か聞かされるのではないかと、かねて予感といった風のものがあって、この痛いところをざくり突かれた形だったからです。然し、そう言いながらも御手紙は、うれしく拝見いたしました。そうし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ほくそ笑んで、御招待まことにありがたく云々と色気たっぷりの返事を書いて、そうして翌る年の正月一日に、のこのこ出かけて行って、見事、眉間をざくりと割られる程の大恥辱を受けて帰宅した。 その日、草田の家では、ずいぶん僕を歓待してくれた。他の・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫