・・・よし単調な色彩であっても、そこに一種云うべからざる魅力と、奪うべからざる力を描出し得ると思う。この事はいつか詳しく云いたいと思っている。 僕は批評と云わず、作と云わず、セルフのないものは充らないと思う。只単に旨いと思って読むものと、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・それに、女の斜眼は面と向ってみると、相当ひどく、相手の眼を見ながら、物を言う癖のある私は、間誤つかざるを得なかった。 暫らく取りとめない雑談をした末、私は機を求めて、雨戸のことを申し出た。だしぬけの、奇妙な申し出だった故、二人は、いえ、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ただ地図を見てではこんな空想は浮かばないから、必要欠くべからざるという功績だけはあるが……多分そんな趣旨だったね。ご高説だったが……「――君は僕の気を悪くしようと思っているのか。そう言えば君の顔は僕が毎晩夢のなかで大声をあげて追払うえび・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ と鷹見の言葉のごとく、私も同意せざるを得ないのです。口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・それとともに人間生活の本能的刺激、生活資料としての感性的なるものの抜くべからざる要請の強さに打たれるであろう。この三つのものの正当なる権利の要求を、如何に全人として調和統合するかが結局倫理学の課題である。 三 文芸と倫理学・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・抑圧者、搾取者に対する、被圧迫階級の戦争には、吾々は同感せざるを得ない。そしてその勝利を希わざるを得ない。 二 現在、吾々の眼前に迫りつゝある戦争は、どういう性質のものであろうか。 こゝに、泥棒と泥棒が、その盗・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 怪を見て怪とせざる勇気で、変なものが見えても「こっちに竿があるんだからね、何でもない」という意味を言ったのであったが、船頭もちょっと身を屈めて、竿の方を覗く。客も頭の上の闇を覗く。と、もう暗くなって苫裏の処だから竿があるかないか殆ど分・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ いな、人間の死は、科学の理論を待つまでもなく、実に平凡なる事実、時々刻々の眼前の事実、なんびともあらそうべからざる事実ではないか。死のきたるのは、一個の例外もゆるさない。死に面しては、貴賎・貧富も、善悪・邪正も、知恵・賢不肖も、平等一・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・入浴時間 十五分 規定の時間を守らざるものは入浴の順番取りかえることあるべし 警察の留置場にいたときよく、言問橋の袂に住んでいる「青空一家」や三河島のバタヤが引張られてきた。そんな連中は入ってくると、臭いジト/\したシ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者そのお相伴の御免蒙りたいは万々なれどどうぞ御近日とありふれたる送り詞を、契約に片務あり果たさざるを得ずと思い出したる俊雄は早や友仙の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫