・・・それが一ツも鳴かず、静まり返って、さっさっさっと動く、熊笹がざわつくばかりだ。 夢だろう、夢でなくって。夢だと思って、源助、まあ、聞け。……実は夢じゃないんだが、現在見たと云ってもほんとにはしまい。」 源助はこれを聞くと、いよいよ渋・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・この夏はどうしたことからでしたか、ふとこちらへ避暑に来る気になったんですが、――私はあまり人のざわつくところは厭だもんですから。――その代り宿屋なんぞのないということははじめから承知の上なんでしたけれど、さあ、船から上ってそこらの家へ頼んで・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・睚眦の恨は人を欺く笑の衣に包めども、解け難き胸の乱れは空吹く風の音にもざわつく。夜となく日となく磨きに磨く刃の冴は、人を屠る遺恨の刃を磨くのである。君の為め国の為めなる美しき名を藉りて、毫釐の争に千里の恨を報ぜんとする心からである。正義と云・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・手のものどもはただ風に木の葉のざわつくようにささやきかわしている。 このとき大声で叫ぶものがあった。「その逃げたというのは十二三の小わっぱじゃろう。それならわしが知っておる」 三郎は驚いて声の主を見た。父の山椒大夫に見まごうような親・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫