・・・東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎない。大体われ/\の文学が軽佻で薄っぺらなのは一に東京を中心とし、東京以外に文壇なしと云う先入主から、あらゆる文学青年が東京に於ける一流の作家や文学雑誌の模倣を・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・になりましたが、でも幸にいずれもおけがもなくておすみになりましたが、鎌倉では山階宮妃佐紀子女王殿下が御圧死になり、閑院宮寛子女王殿下が小田原の御用邸の倒かいで、東久邇宮師正王殿下がくげ沼で、それぞれ御惨死なされたのはまことにおんいたわしいか・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・これらは多くの場合直ちに訂正されるからできあがったものには痕跡を現わさないはずであるが、それでも時には見のがされた残滓らしいものが古人の連句にもしばしば見いだされる。たとえば前掲の「ふとん」の次に「不届」「はっち」と三つのFTの結合が現われ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 二人の子供たちは、今まで、方々の仕事場で、幾つも幾つも、惨死した屍体を見るのに馴れていた。物珍らしそうに見ていたので、殴り飛ばされたりした事もあった。 けれども、自分の父親が、そんな風にして死ぬものとは思わなかった。だのに、今、二・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・現に今日にあっても私徳品行の一点に至り、我が日本の婦人と西洋諸国の婦人と相対するときは、我に愧ずる所なきのみならず、往々上乗に位して、かの婦人の能くせざる所を能くし、その堪えざる所に堪え、彼をして慚死せしむるものさえ少なからず。内外人の共に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しようとはする。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値す・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・いるところでは、女の性的受動性、男に対する自主的な選択権が隷属的に考えられる習俗をもっているのであるから、新しい社会の建設者たちの努力は、運動内部においても絶えずさまざまの形で作用する、そういう過去の残滓との闘いの面にも払われなければならな・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・にして置こうとする傾向とがあるように、女性の心そのものの裡にも、何か捨て切れない過去の残滓が遺っているのではないだろうか。 奴隷制度が、制度として社会規約から除かれた事丈で、万事が無かった時の状態に属せるものだとしたら、人間の心は単純で・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・にと、ストライク委員会の報告が示しているという記事をよむと日本の勤労階級すべての人々は男も女も、日本の軍国主義の残滓はどこまで払拭され得るだろうかと、空おそろしい気がしないではいられない。今日、日本人民の生活をここまでボロボロにした戦争も、・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・一九〇三年頃、このバクーの油田で労働者長屋の大爆発が起り三百数十人の労働者家族が惨死した事件があった。石油が湧き出すぐらいであるから、地盤がわるく、有害瓦斯の洩れるような場所が沢山ある。当時の石油会社は、そういう土地の上へ労働者長屋を建て、・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫