・・・ 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て余して数々退校を以て嚇したのでも全校第一ということが分る。 全校第一腕白でも数学でも。しかるに天性好きな画では全校第一の名・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全で演説口調、「イヤどうも面白い恋愛談を聴かされ我等一同感謝の至に堪えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ お政は痛ましく助は可愛く、父上は恋しく、懐かしく、母と妹は悪くもあり、痛ましくもあり、子供の時など思い起しては恋しくもあり、突然寄附金の事を思いだしては心配で堪らず、運動場に敷く小砂利のことまで考えだし、頭はぐらぐらして気は遠くなり、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 上述の如く倫理学の研究にはまず人生の事象についての、倫理的関心と情熱とが先行しなければならぬ。そしてその具体的研究の第一着手は倫理的な問いから発足しなければならぬ。問いはすべての初めである。しかもまた問いはその解決でさえもあるのだ。ハ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・というようなことを忠告する気にはなれない。生命にはその発動の機微があり、恋愛にはそれ自らのいのちがある。異性を恋して少しも心乱れぬような青年は人間らしくもない。「英雄の心緒乱れて糸の如し」という詩句さえある。ことにその恋愛が障害にぶつかると・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それはくわしき伝記について見らるるにしくはない。ここには同じ宗教的日本主義者として今日彼に共鳴するところの多い私が、私の目をもって見た日蓮の本質的性格と、特殊的相貌の把握とを、今の日本に生きつつある若き世代の青年たちに、活ける示唆と、役立つ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・じゃ、自分もやることは恥かしくない訳だ。彼はコーリヤが遠慮するとなおやりたくなった。「さ、これもやるよ。」彼は、パイナップルの鑵詰を取出した。 コーリヤはもじもじしていた。「さ、やるよ。」「有がとう。」 顔にどっか剣のあ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 数えているとまだあるだろうが、いろ/\な食べ方が一カ月ばかりのうちに、附近の人々によってかくの如く考え出された。 平生、内地米のありがたさには気づかずに食っていたのだが『食』は、『衣』『住』と共に、人間が生きて行く上に最も重大なこ・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
ガラーリ 格子の開く音がした。茶の間に居た細君は、誰かしらんと思ったらしく、つと立上って物の隙からちょっと窺ったが、それがいつも今頃帰るはずの夫だったと解ると、すぐとそのままに出て、「お帰りなさいまし。」と、ぞ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・さればとて故郷の平蕪の村落に病躯を持帰るのも厭わしかったと見えて、野州上州の山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲の風に漂い、秋葉の空に飄るが如くに、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色・・・ 幸田露伴 「観画談」
出典:青空文庫