・・・ 夏目漱石先生がかつて科学者と芸術家とは、その職業と嗜好を完全に一致させうるという点において共通なものであるという意味の講演をされた事があると記憶している。もちろん芸術家も時として衣食のために働かなければならぬと同様に、科学者もまた時と・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・これは自分の趣味嗜好が時代に遅れたという事実を証明する以外になんらの意味もない些事ではあろうが、この一些事はやはりちょっと自分にものを考えさせる。こういう時にわれわれがもしも、自分のいちばんいやなようないちばん新しい傾向の品を買って来て我慢・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・また鉄筋コンクリートで船を造る場合に主応力の方向に鉄筋を入れるという最も合理的な施工法に関する特許を得ている。地震学に興味をもつようになったのは船舶の振動に関する研究から自然に各種構造物の振動に関する問題の方に心を引かれるようになったためで・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
八九歳のころ医者の命令で始めて牛乳というものを飲まされた。当時まだ牛乳は少なくとも大衆一般の嗜好品でもなく、常用栄養品でもなく、主として病弱な人間の薬用品であったように見える。そうして、牛乳やいわゆるソップがどうにも臭くっ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・筋かい方杖等いろいろの施工によって家を堅固な上にも堅固にする。こうして家が丈夫になると大地震でこわれる代わりに家全体が土台の上で横すべりをする。それをさせないとやはり柱が折れたりする恐れがあるらしい。それで自分の素人考えでは、いっその事、ど・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・もちろん、数学の公理や論理はきわめて簡単明瞭であり、使用される概念も明確に制定されているに反して、言語による思考の場合では、これらのすべてのものが複雑に多義的であるから、一見同様な前提から多種多様な結論が生まれ出るように見える。しかし実際の・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・ また一方において、数学の複雑な式の開展を充分に理解しないでしかも、アインシュタインがこの理論を構成する際に歩んで来た思考上の道程を、かなりに誤らずに通覧する事も必ずしも不可能ではないのである。不可能でないのみならずある程度までのある意・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・従ってここでいうところのチューインガム亡国論も畢竟はただ一場の空論に過ぎないと云われても仕方がないであろうが、しかしこの些末な嗜好品の流行の事実もそう軽々には見遁すことの出来ないものではあろうと思われる。 また考え直してみると日本という・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
私は永い前から科学と芸術、あるいはむしろ科学者と芸術家との素質や仕事や方法に相互共通な点の多い事に深い興味を感じている。それで嗜好趣味という事は別として、科学者として芸術を論じるという事もそれほど不倫な事とは思われない。の・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・科学の場合には方則の普遍性とか思考の節約とかいう事が標準となって科学者の自然に対する見方を指導しその価値を定めて行くのである。これに比べて芸術家が自然に対する見方は非常に多様であり得る事は勿論である。科学者はなるたけ自分というものを捨ててか・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫