・・・が、ソロモンの使者の駱駝はエルサレムを囲んだ丘陵や沙漠を一度もシバの国へ向ったことはなかった。 ソロモンはきょうも宮殿の奥にたった一人坐っていた。ソロモンの心は寂しかった。モアブ人、アンモニ人、エドミ人、シドン人、ヘテ人等の妃たちも彼の・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・夢に蒋侯、その伝教を遣わして使者の趣を白さす。曰く、不束なる女ども、猥に卿等の栄顧を被る、真に不思議なる御縁の段、祝着に存ずるものなり。就ては、某の日、あたかも黄道吉辰なれば、揃って方々を婿君にお迎え申すと云う。汗冷たくして独りずつ夢さむ。・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 府中の白雲山の庵室へ、佐助がお使者に立ったとやら。一日措いて沢井様へ参りましたそうでございます。そしてこれはお米から聞いた話ではございません、爺をお招きになりましたことなんぞ、私はちっとも存じないでおりますと、ちょうどその卜を立てた日・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・…… 浄飯王が狩の道にて――天竺、天臂城なる豪貴の長者、善覚の妹姫が、姉君矯曇弥とともに、はじめて見ゆる処より、優陀夷が結納の使者に立つ処、のちに、矯曇弥が嫉妬の処。やがて夫人が、一度、幻に未生のうない子を、病中のいためる御胸に、抱きし・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・が、陸軍病院の慰安のための見物がえりの、四五十人の一行が、白い装でよぎったが、霜の使者が通るようで、宵過ぎのうそ寒さの再び春に返ったのも、更に寂然としたのであった。 月夜鴉が低く飛んで、水を潜るように、柳から柳へ流れた。「うざくらし・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・朝飯の際、敵砲弾の為めに十八名の死者を出した。飯を喰てたうえへ砲弾の砂ほこりを浴びたんやさかい、口へ這入るものが砂か米か分らん様であった。僕などは、もう、ぶるぶる顫て、喰う気にもなれなんだんやけど、大石軍曹は、僕等のあたまの上をひゅうひゅう・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ ラスキンは言ったのである。死者は、よろしく、愁草や青白い花に委すべきである。若し、その人を忘れずに、記念せんとならばその人が、生前に為しつゝあった思想や、業に対して、惜しみ、愛護し、伝うべきであると。 まことに、詩人たり、思想家た・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・ 庄之助が懐の金を心配しながら、寿子と二人で泊っていた本郷の薄汚い商人宿へは、新聞記者やレコード会社の者や、映画会社の使者や、楽壇のマネージャー達がつめかけた。 彼等は異口同音に「天才」という言葉を口にした。すると、庄之助は何思った・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が饑彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・彼はそうしたものを見るにつけ、それが継母の呪いの使者ではないかという気がされて神経を悩ましたが、細君に言わせると彼こそは、継母にとっては、彼女らの生活を狙うより度しがたい毒虫だと言うのであった。 彼は毎晩酔払っては一時ごろまでぐっすりと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫