・・・どうやら、世の中から名士の扱いを受けて、映画の試写やら相撲の招待をもらうのが、そんなに嬉しいのかね。此頃すこしはお金がはいるようになったそうだが、それが、そんなに嬉しいのかね。小説を書かなくたって名士の扱いを受ける道があったでしょう。殊にお・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて・・・ 太宰治 「佳日」
・・・お使者の但馬さんも但馬さんなら、その但馬さんにそんな事を頼む男も男だ、と父も母も呆れていました。でも、あとで、あなたにお伺いして、それは、あなたの全然ご存じなかった事で、すべては但馬さんの忠義な一存からだったという事が、わかりました。但馬さ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 時に、ヱホバの使者、天より彼を呼びて、 アブラハムよ、 アブラハムよ、 と言へり。 彼言ふ、 われ、ここにあり。 使者の言ひけるは、 汝の手を童子より放て、 何をも彼に為すべからず、 汝はそのひとり・・・ 太宰治 「父」
・・・という映画の試写を一緒に見せていただき、後に銀座へ出てお茶を飲み一日あそんだ。夕方になって、Sさんは新橋駅からバスで帰ると言われるので、私も新橋駅まで一緒に歩いた。途中で私は、東京八景の計画をSさんにお聞かせした。「さすがに、武蔵野の夕・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ つい近ごろある映画の試写会に出席したら、すぐ前の席にやはり十歳ぐらいの男の子を連れた老紳士がいた。その子供がおそらく生まれてはじめて映画というものを見たのではないかと想像されたのは、映画中なんべんとなく「はあー、いろんなことがあるんだ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 早打ちの使者の道中を見せる一連の編集でも連句的手法を借りて来ればどんなにでも暗示的なおもしろみを出すことができたであろうと想像される。そういうことにかけてはおそらく日本人がいちばん長じているはずだと思われるのに、その長所を利用しないの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
フィッシンガー作「踊る線条」と題するよほど変わった映画の試写をするからぜひ見に来ないかとI氏から勧められるままに多少の好奇心に促されて見に行った。プログラムを見ると、第五番「アメリカのフォクストロット」。第八番、デューカー・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・たとえば一九三四年の統計によると総計百十四回のトルナドーに見舞われ、その損害額三百八十三万三千ドル、死者四十名であったそうである。北米大陸では大山脈が南北に走っているためにこうした特異な現象に富んでいるそうで、この点欧州よりは少なくも一つだ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ それはとにかく、自分はその同じ日の晩、ある映画の試写会に出席した。映写の始まる前に観客席を見回していたら、中央に某外国人の一団が繩張りした特別席に陣取っていた。やがて、そこへ著名な日本の作曲家某氏夫妻がやって来てこの一団に仲間入りをし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫