・・・アラ、アポローさまがあんなにケラケラ笑っていらっしゃいます、冥府の御使者がソラ! そこの草のかげから目ばかり出して居りますワ!たまらくなった様に又ペーンとならんで草の上につっぷす。ペーンはソーッとよっておしげなく見えるくびにキッ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 戦国時代ある大名の夫人が、戦いに敗れてその城が落ちるとき、実父の救い出しの使者を拒んで二人の娘とともに自分の命をも絶って城と運命を共にした話は、つよく心にのこすものをもっていると思う。当時の男のこしらえた女らしさの掟にしたがって、その・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・横を窺う――条を乱し死者狂いのあばれよう。一体これは全くただの雨風であろうか? 自分というとりこめられた一つの生きものに向って、何か企み、喚めき、ざわめき立った竹類が、この竹藪を出ぬ間に、出ぬ間に! と犇めき迫って来るような凄さを経験するに・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
先達て「リビヤ白騎隊」というイタリー映画の試写を観る機会を得た。原作はフランスのジョセフ・ペイレのゴンクール受賞作品だそうで、ファッショ紀元十五年度のムッソリーニ賞杯獲得映画である。筋は単純なものである。クリスチアーナとい・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・二十四年後、朝鮮から来た三人の使者のうち喬僉知と名乗っているのが、家康の六十六歳の眼にその朝鮮人こそ正しく佐橋甚五郎と映った。「太い奴、好うも朝鮮人になりすましおった。」そして、怱々にして土地を立たせろと命じた。佐橋甚五郎が小姓だったとき同・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 今来るか――今来るか、悲しい黒装束の使者を涙ながらに待ちうけるその刻々の私の心の悲しさ――情なさ、肉親の妹の死は私にどれほどの悲しみを教えて呉れた事だろう。 よしそれが私の身に取って必ず受けなければならない尊い教えであったとしても・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ところが他殺でないことがわかったきょうでも、まだ死者に対するはっきりした哀悼は示されていない。 命を奪われるほど悪人でなかった故人。むしろ弱点も人間的といえた故人。国鉄五十万人と運命をともにした故人。世間に暗い衝撃を与えることは、故人の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・が生きて苦しんでいたときの世話をゆだねたのなら、安心して、その身近い者であることを寧ろ誇れる時となって、死者をそのようにとりまくことは、妙に思える。親切や尊敬は、それが最も必要なときに示されてこそ、真実の意味がある。 獄中で死んだ国領五・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
五月十九日の朝。日比谷映画劇場へ、国際観光局の映画の試写を見に行った。「富士山」、「日本の女性」。 そのとき挨拶をしたのは観光局の役人で、スマートなダブルの左右のポケットへ両手の先を入れた姿勢でラウドスピイカアの前へ立・・・ 宮本百合子 「国際観光局の映画試写会」
・・・の内部で芽をふくらしい。そういう予感。 二十七日の午後。 さあ、きょうはこれを書いてこの手紙は出すことに致しましょう。きのうはゴーゴリの「タラスブリバ」の試写を見て面白かったし又いろいろの感想もありました。国男は安積へゆき、家は至っ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫