・・・「道善御房は師匠にておはしまししかども、法華経の故に地頭を恐れ給ひて、心中には不便とおぼしつらめども、外はかたきのやうににくみ給ひぬ――本尊問答抄」 清澄山を追われた日蓮は、まず報恩の初めと、父母を法華経に帰せしめて、父を妙・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 何となれば、死生の際が人を詩化せしむる如く、戦争は、国民を詩化せしむるものにして、死生の際が人情の極致を発露する如く、戦争は実に、国民品性の極致を発露すべきものなれば也。死生の際が人情の極致を発露する時なりとして詩歌に、小説に、美文に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 坑外では、緊張した女房が、不安と恐怖に脅かされながら、群がっていた。死傷者の女房は涙で眼をはらしていた。三ツの担架は冷たい空気が吹き出て来る箇所を通りぬけて眼がクラ/\ッとする坑外へ出た。そこには、死者が、しょっちゅうあこがれていた太・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ここで万物死生の大論を担ぎ出さなけりゃならないが、実は新聞なんぞにかけるような小さな話しではなし一朝一夕の座談に尽る事ではないから、少しチョッピリにしておくよ。一体死とはなんだ、僕は世界に死というような愚を極めた言語があるのが癪にさわる。馬・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・「飛んだお師匠様だ、笑わせやがる。ハハハハ、まあ、いいから買って来な、一人飲みあしめえし。「だって、無いものを。「何だと。「貸はしないし、ちっとも無いんだものを。「智慧がか。「いいえさ。「べらぼうめえ、無えものは・・・ 幸田露伴 「貧乏」
第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・そこがおげんの父でも師匠でもあった人の晩年を過したところだ。おげんは小山の家の方から、発狂した父を見舞いに行ったことがある。父は座敷牢に入っていても、何か書いて見たいと言って、紙と筆を取寄せて、そんなに成っても物を書くことを忘れなかった。「・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・馴れた心から、けろりと忘れた振りして、平気で嘘を言い、それを取調べる検事も亦、そこのところを見抜いていながら、その追究を大人気ないものとして放棄し、とにかく話の筋が通って居れば、それで役所の書類作成に支障は無し、自分の勤めも大過無し、正義よ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 私たち寄席のお師匠さんが、新作読むまえに、耳ふさぎと申して、おそばか、すしを廻しますが、すしをごちそうになってから、新作もの承りますと、不思議なものです。たいへんご立派に聞えます。違うところ、ございませんのね。謙さんは、あなたを尊敬して居・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・会社は病気ではなく私傷による事故だからといって、十一月は給料をくれませんでした。また会社の人達は、ぼくをまるで無頼漢扱いにして皮肉をいう。まア止めましょう。いっそ、桜の花の刺青をしようかと思って居ります。私は子供じゃないんだ。所で、あなたに・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫