・・・真理追及の学徒ではなしに、つねに、達観したる師匠である。かならず、お説教をする。最も写実的なる作家西鶴でさえ、かれの物語のあとさきに、安易の人生観を織り込むことを忘れない。野間清治氏の文章も、この伝統を受けついで居るかのように見える。小説家・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ この考えを実証すべき例証をここに列挙することは略しても、こういう考えがそれ自身なんら新しいものでないことは読者に明らかなことである以上、現在の考察を進める上にたいした支障はないであろう。自分のここで言おうとすることは、そういう考えを承・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・いっそうの効力を発揮したようであるが、あの際もしもあの建物の中で遭難した人らにもう少し火災に関する一般的科学知識が普及しており、そうして避難方法に関する平素の訓練がもう少し行き届いていたならば少なくも死傷者の数を実際あったよりも著しく減ずる・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・それで吾々はこれらの動物を師匠にする必要が起って来るのである。潜航艇のペリスコープは比良目の眼玉の真似である。海翻車の歩行は何となくタンクを想い出させる。ガスマスクを付けた人間の顔は穀象か何かに似ている。今後の戦争科学者はありとあらゆる動物・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・それでわれわれはこれらの動物を師匠にする必要が起こって来るのである。潜航艇のペリスコープは比良目の目玉のまねである。海翻車の歩行はなんとなくタンクを思い出させる。ガスマスクをつけた人間の顔は穀象か何かに似ている。今後の戦争科学者はありとあら・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・人を見ると低い声でガーガーガーと三声か四声ぐらい鳴く。有り合わせの餌を一片二片とだんだん近くへ投げてやると、おしまいには、もう手に持っているカステイラなどをくちばしで引ったくって頬張る事を覚えてしまった。いくら食わせてもなかなかこの貪食な小・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・現代のシナ音では、熱は jo の第四声である。「如」がジョでありニョであり、また「然」がゼンでありまたネンであると同じわけである。蒙古語の夏は jn である。朝鮮語の「ナツ」は昼である。しかし朝鮮語で夏を意味する言葉は「ヨールム」で熱がヨー・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・すると、つり橋がぐらぐら揺れだしたのに驚いて生徒が騒ぎ立てたので、振動がますますはげしくなり、そのためにつり橋の鋼索が断たれて、橋は生徒を載せたまま渓流に墜落し、無残にもおおぜいの死傷者を出したという記事が新聞に出た。これに対する世評も区々・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ この幼い子供達のうちには我家が潰れ、また焼かれ、親兄弟に死傷のあったようなのも居るであろうが、そういう子等がずっと大きくなって後に当時を想い出すとき、この閑寂で清涼な神社の境内のテントの下で蓄音機の童謡に聴惚れたあの若干時間の印象が相・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・これを省くとも鉄道運河の大体の設計にはなんらの支障を生ずる事なかるべし。これに反して荷車を挽く労働者には道路の小凹凸は無意味にあらず。墓地の選定をなさんとする人には山腹の崖崩れは問題となるべし。 世人の天気予報に対する誤解と不平は畢竟こ・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
出典:青空文庫