・・・かくまで私心が長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言、「はア……」 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」 不図そ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・これほど明白に判り切った事をおとよが勝手我儘な私心一つで飽くまでも親の意に逆らうと思いつめてるからどうしても勘弁ができない。ただ何といってもわが子であるから仕方がなく結末がつかないばかりである。 おとよは心はどこまでも強固であれど、父に・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・なんの指針をも持っていない様子である。私は波の動くがままに、右にゆらり左にゆらり無力に漂う、あの、「群集」の中の一人に過ぎないのではなかろうか。そうして私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられているようだ。この列車は、どこに行くの・・・ 太宰治 「鴎」
・・・そうして観者の頭の中の映画に強いアクセントを与え、同時に次の進展への衝動と指針を与える。これは驚くべき芸術であるとも言われなくはない。これはともかくも一つの問題である。そうしてこの問題を追究すればその結果は必ず映画製作者にとってきわめて重要・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。 現在既知の科学的知識を少しの遺漏もなく知悉するという事が実際に言葉通りに可能である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし、そういう考察を進めて行けば、その結果は、ニュース映画の将来の発展に対して、少なくもなんらかの指針となるべき暗示を生み出すであろうと想像される。自分はこの問題に関してまだ少しも系統的に考察をしてみたわけではないが、ただわずかばかり思い・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・またそう見ることによって定座の意義が明瞭となり、また制作に当たっての一つの指針を得ることができるであろうかと思われる。 そういう役目を月と花との二つに負わせた事にも興味がある。これは一つには古来の伝統による雪月花の組み合わせにもよる事で・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「梟鵄救護章 梟鵄救護章 諸の仁者掌を合せて至心に聴き給え。我今疾翔大力が威神力を享けて梟鵄救護章の一節を講ぜんとす。唯願うらくはかの如来大慈大悲我が小願の中に於て大神力を現じ給い妄言綺語の淤泥を化して光明顕色の浄瑠璃となし、浮華の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 文学の健全な大衆化は、この方向に志されなければならないということは、文学の発展ということを私心なしに考える者なら判断し得るところであると思う。 人間らしい生活に対する翹望というものは職場、職分の相違、したがって細かい気持の部分部分・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・の翻訳文学が一方にあり、福沢諭吉の新興ブルジョアジーの啓蒙者としての活動が重大な指針となった時代が去った後は、徳川末期の戯作者の気風、現実に対する無批判な妥協的態度が、西欧の文学的潮流の移植の側らにあって、常に日本の近代性の中に含まれている・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
出典:青空文庫