・・・半之丞はその時も温泉の中に大きな体を沈めていました。が、今もまだはいっている、これにはふだんまっ昼間でも湯巻一つになったまま、川の中の石伝いに風呂へ這って来る女丈夫もさすがに驚いたと言うことです。のみならず半之丞は上さんの言葉にうんだともつ・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・あなたは昔紅海の底に、埃及の軍勢を御沈めになりました。この国の霊の力強い事は、埃及の軍勢に劣りますまい。どうか古の予言者のように、私もこの霊との戦に、………」 祈祷の言葉はいつのまにか、彼の唇から消えてしまった。今度は突然祭壇のあたりに・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。 こう思いましたから陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事で・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・ 今日我々のうち誰でもまず心を鎮めて、かの強権と我々自身との関係を考えてみるならば、かならずそこに予想外に大きい疎隔の横たわっていることを発見して驚くに違いない。じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 幕府の時分旗本であった人の女で、とある楼に身を沈めたのが、この近所に長屋を持たせ廓近くへ引取って、病身な母親と、長煩いで腰の立たぬ父親とを貢いでいるのがあった。 八 少なからぬ借金で差引かれるのが多いのに、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・が、鷺玄庵と聞いただけでも、思いも寄らない、若く艶のある、しかも取沈めた声であった。 幕――揚る。――「――三密の月を澄ます所に、案内申さんとは、誰そ。」 すらすらと歩を移し、露を払った篠懸や、兜巾の装は、弁慶よりも、判官に、む・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が湧いたように、刈田を沈め、鳰を浮かせたのは一昨日の夜の暴風雨の余残と聞いた。蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々と汐が満ちたのである。水は光る。 橋の袂にも、蘆の上・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・その後難の憂慮のないように、治兵衛の気を萎し、心を鎮めさせるのに何よりである。 私は直ぐに立って、山中へ行く。 わざとらしいようでもあるから、別室へと思わぬでもなけれど、さてそうして、お前は爺さんたちと、ここに一所に。……決して私に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・画家 (止むことを得ず、手をさすり脊筋を撫気をお鎮めなさい。人形使 (血だらけの膚を、半纏にて巻き、喘はい、……これは、えええ旦那様でござりますか、はい。画家 この奥さんの……別に、何と言うではないが、ちょっと知合だ。人形使・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ ともいわず歌も詠まないが、中に人のいるような気勢がするから、ふと立停った、しばらく待ってても、一向に出て来ない、気を鎮めてよく考えると、なあに、何も入っていはしないようだったっさ。 ええ、姐さん変じゃないか、気が差すだろう。それからそ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫