・・・八時の馬車はもう直ぐ、支度が出来ます」「うん、だから、八時前に悶着をかたづけて置こう。ひとまず引き取ってくれ」「へへへへ御緩っくり」「おい、行ってしまった」「行くのは当り前さ。君が行け行けと催促するからさ」「ハハハありゃ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・けれどもその当時は毎週五、六時間必ず先生の教場へ出て英語や歴史の授業を受けたばかりでなく、時々は私宅まで押し懸けて行って話を聞いた位親しかったのである。 先生はもと母国の大学で希臘語の教授をしておられた。それがある事情のため断然英国を後・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・「だが、ダイの仕度は出来てるかい?」「どうだか。見張りで聞いて来らあ」「いや、構わねえ。お前、機械を片附けといて呉れよ。俺が仕度して来るから」「そうかい」 秋山は見張りへ、小林は鑿を担いで鍛冶小屋へ、それぞれ捲上の線に添・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・「あッちじゃアもう支度をしてるのかい」「はい。西宮さんはちッともお臥らないで、こなたの……」と、言い過ぎようとして気がついたらしく、お梅は言葉を切ッた。「そうか。気の毒だッたなア。さア行こう」 吉里はなお帯を放さぬ。「ま・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・旅費の多き旅行なれば、千里の路も即日の支度にて出立すれども、子を育するに不便利なりとて、一夕の思案を費やして進退を考えたる者あるを聞かず。家を移すに豆腐屋と酒屋の遠近をば念を入れて吟味し、あるいは近来の流行にて空気の良否など少しく詮索する様・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・救助係に私は今日は少しのお礼をしようと思ってその支度もして来たのでしたがその人はいつもの処に見えませんでした。私たちはまっすぐにそのイギリス海岸を昨日の処に行きました。それからていねいにあのあやしい化石を掘りはじめました。気がついてみると、・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・「何にもありませんですがお仕度が出来ました、持って上ってようございますか」 陽子は気をとられていたので、いきなりぼんやりした。「え?」「御飯に致しましょうか」「ああ。どうぞ」 婆さんは引かえして何か持って来た。相当空・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 母はまだもらったばかりのよめが勝手にいたのをその席へ呼んでただ支度が出来たかと問うた。よめはすぐに起って、勝手からかねて用意してあった杯盤を自身に運んで出た。よめも母と同じように、夫がきょう切腹するということをとうから知っていた。髪を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 暗くなってから二人は帰り仕度をした。携帯品預所で栖方は、受け取った短剣を腰に吊りつつ梶に、「僕は功一級を貰うかもしれませんよ。」と云って、元気よく上着を捲くし上げた。 外へ出て真ッ暗な六本木の方へ、歩いていくときだった。また栖方は・・・ 横光利一 「微笑」
・・・却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之事も無之候か、何れ上京致し候はば街頭にて宣伝等も可致候間、早速返報有之度候。新年言志・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫