・・・すこし引込んだ庭かげになっているそういう石段は、夏でもひいやりとして、足もとには羊歯などが茂っていた。遠くには大勢の人気のある、しかもそこだけには廃園の趣があって優美な詩趣に溢れていた。わたしは自分の隅としてそこを愛し、謂わばその隅で生長し・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・温暖な地方は共通なものと見えてその小道にしげっている羊歯の生え工合などが伊豆の山道を思いおこさせた。季節であればこのこみちにもりんどうの花が咲いたりするだろうか。 農家のよこ道を通りすぎたりして、人目がくれのその小道は、いつか前方になだ・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・今でも腐った軌道や枕木が、灌木や羊歯の茂った阪道に淋しく転って居ります。頂上には、其等の廃跡の外に、一軒不思議な建物があるそうでございます。真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でご・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 広い間口から眺めると、羊歯科の緑葉と巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・そとに出て見る、表山、山、杉木立、明るい錆金色の枯草山、そこに小さい紅い葉をつけたはじの木、裏山でいつも日の当らないところは、杉木立の下に一杯苔がついて居、蘭科植物や羊歯が青々といつも少しぬれて繁茂して居る。 山が多く、日光が当るあたら・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・その赭土の崖はいつもぬれている、羊歯、苔、りんどうの花などが咲いた。笹もあった。冬は、その赭土のところに霜柱が立ち、その辺の道は、いてついたままのところやどろんこのところや、ひどい難儀をした。汽車を見に、弁当もちで出かける八つばかりの私と六・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ ブルジョア作家のある種の老大家や所謂有名な文筆家の中にも、年をとるにつれて小説がつまらなくなって来た、読めるような小説はこの頃一つもないではないか、子供欺しだ、といって、それに較べると、とシェクスピアやユーゴーの偉大さを賞める人もよく・・・ 宮本百合子 「問に答えて」
・・・そのとき鷹は水底深く沈んでしまって、歯朶の茂みの中に鏡のように光っている水面は、もうもとの通りに平らになっていた。二人の男は鷹匠衆であった。井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石という二羽の鷹であった。そのことがわかった・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫